有名な空間デザイナー

「世界中が認める空間デザイナー」倉俣史朗

空間デザイナーと言えばまず一番に挙がるのが倉俣史朗です。

60年代初めから90年代にかけて活躍し、フランス文化省芸術文化勲章を受章するなど国際的な評価も高い倉俣史朗は業界で知らない人のいないほど有名な人物です。

日本の文化や美意識を独自の解釈や美学によってデザインし、個性の光る作品の数々には「クラマタ・ショック」という言葉まで生まれるほどの影響をもたらしました。

その才能は空間だけでなく、家具・照明などにも生かされ、彼がデザインした椅子は今でも高値で取引されているほど人気の高い作品ばかり。

「クラマタデザイン」の独自性と存在は数々のデザイナーたちに影響を及ぼし、1991年心不全のため、56歳と若くして死去した後もなお語り継がれる有名なデザイナーなのです。

「世界が尊敬する日本人100人にも選出」吉岡徳仁

2007年、ニューズウィーク誌上で「世界が尊敬する日本人100人」にも選出された吉岡徳仁。

1967年佐賀県に生まれ、1986年桑沢デザイン研究所を卒業後、三宅一生などのもとでデザインを学び、2000年に独立、以降現在に至るまで活躍しています。

何よりも特徴的なのは手掛ける仕事の幅広さです。

『ISSEY MIYAKE』のショップデザインを始め、『TOYOTA』、『プジョー』、『BMW』、『HERMES』など超有名ブランドの空間デザインや、コスメブランド『RMK』、『SUQQU』のパッケージデザインまで担当。

イタリアの家具ブランド『カッシーナ』などと契約し、家具のデザインも手掛け、その他、照明器具やスマートホンのデザインまで手掛けるなど、マルチな才能で活躍する天才肌です。

その作品は、『MoMA(ニューヨーク近代美術館)』、『ポンピドゥーセンター』など、世界各地の美術館で永久所蔵品として保存され、倉俣史朗に次いで日本を代表する空間デザイナーのひとりといわれています。

「光と鏡を操る」ヤマザキミノリ

正統派空間デザイナーを代表するのはヤマザキミノリです。

東京藝術大学在学中に発表した、箱形の万華鏡で注目を浴びました。

同大学院を卒業後、空間設計、ライトアート、CG、ブログを通じた美術活動を展開しています。

数々の記念イベントや空間デザインを担当し、中でも新宿NSビルの「光のクリスマスツリー」を始め、宮沢賢治童話村のライトアートなど、光を使った演出では右に出る者はいないといわれるほどの実力者です。

2010年より女子美術大学のアート・デザイン表現学科の教授も勤めています。