サッカー選手のつらいこと、大変なこと

新卒で入団した選手は3年でダメなら戦力外通告

高校や大学を卒業して、そのままJリーグのクラブに入団した選手は、まず、「C契約」を結びます。

「C契約」は、年俸の上限が480万円と決まっています。

「C契約」の選手でも、もちろんトップチームの試合に出られますし、規定の出場時間をクリアすれば、もっと条件のよい「B契約」や「A契約」にアップすることができます。

その一方で、「C契約」は、在籍4年以降の選手と結ぶことができません。せっかくJリーグに入団しても、3年間で芽が出なければ、クビになるということです。

毎年、Jリーグでは30人前後の若い選手が「戦力外通告」をされています。

プロは実力の世界とはいえ、どんな選手も3年間で一定の結果を残さなければ先がないというのは、なかなか大変なことです。

サッカーを続ける方法を探したり、新たな就職する決意をしたり、人生の大きな転機になります。

ケガでサッカーができないこと

サッカー選手が、最も苦労するのは、ケガでプレーができなくなることです。

サッカーは、もともと、相手選手と激しく接触したり、運動量も多いため、ケガや故障の多いスポーツです。一般に、サッカー選手のケガや故障で多いのは、じん帯損傷や肉離れ、打撲、骨折などとなっています。

程度によって、試合や練習に参加できないばかりか、サッカー人生に大きな影響を与えることもあります。

将来は日本のエースと期待された小倉さん

現在、解説者として活躍する小倉隆史さんは、1990年代、将来は日本のエースストライカーになれると大変期待されていました。

182cmと日本人としては長身で、かつ繊細なボールタッチができて、ドリブルもトリッキー。さらに強烈なシュートも打てるという、日本にはなかなかいないスケールのFWでした。

四日市中央工業高校から名古屋グランパスエイトに入団。オランダの2部リーグのチームにレンタル移籍すると大活躍し、1部のチームから勧誘されたこともありました。

じん帯断裂でサッカー人生が激変

帰国後、日本代表に選ばれてゴールを決める一方、五輪代表のメンバーとしてアトランタ五輪予選を戦いました。

その最終予選直前の合宿で、ヘディングをした時の着地で右足の後十字じん帯断裂という大けがを負ってしまったのです。

ピッチに復帰するまで2年半もかかりました。そして、復帰後は、あの輝かしいプレーが影をひそめ、ゴールの数も激減しました。

引退まで8年間プレーはしましたが、いまでも、40代以上のサッカーファンには、「もし小倉が大けがをしなければ、どんな選手になっていたか」という話で熱くなる人が少なくありません。