テニスの日本人有名選手

現在はタレントとして活躍する松岡修造さん

元気のいいスポーツ系のタレントとして、テレビ出演の多い松岡修造さんは、1995年のウィンブルドン大会でベスト8まで進出したことのある名選手でした。

松岡さんは、8歳の時にテニスを始めましたが、最初に期待されたのは、一緒にテニスを始めた1歳上の兄の方でした。

腕白坊主だった松岡さんは、コーチたちから誉められることも、「ガッツがあっていい」とか、「元気がいいぞ」というものばかりだったそうです。

しかし、夢中になって練習していると、中学2年の時、全国中学生大会で優勝します。

それでも中3からテニスをさぼってしまった松岡さんでしたが、慶応義塾高校2年の時、改めて「もう一度、テニスを頑張ろう」と考え直し、テニスの強豪校だった福岡県の柳川高校に転校します。

そして、テニスに打ち込み、インターハイなどで活躍しました。

高校2年で転校、高校3年でアメリカ留学

高校3年の時、世界的に有名だったボブ・ブレッドコーチから、「アメリカに来い」と誘われてアメリカに渡ります。その後、プロに転校して、小さな大会でポイントを稼ぎ、世界ランキングをあげていきました。

そして、ウィンブルドン大会でベスト8に入ったのは27歳の時でした。世界ランクの最高位は46位でした。

世界ランキングの4位までいったクルム伊達公子さん

クルム伊達公子選手は、京都市出身で、6歳の時、地元のテニスクラブに入りました。全国的に注目されるようになったのは、園田学園で光国彰監督の指導を受けてからです。

高校3年のインターハイで、シングルス、ダブルス、団体の3冠に輝きました。

高校卒業後、プロに転向すると、1年目から全仏、全英、全米大会で本戦に出場。その後も着実に実力をアップさせ、全米でベスト8、全豪でベスト4に進出しました。

世界のトッププロとして活躍するようになり、25歳の時、世界ランキング4位に輝きました。

26歳の時、世界ランキング8位で現役を引退しましたが、結婚後の2008年に37歳で現役復帰。ベテランらしいテニスで勝利を重ね、若い選手に刺激を与えつづけています。

戦前に四大大会で32勝もした佐藤次郎さん

佐藤次郎選手は、1908年、現在の群馬県渋川市に生まれ、早稲田大学在学中に日本ランキング1位になります。さらに、大学を卒業した年、全仏でベスト4に進出、世界でも9位にランクされました。

1933年の全仏では、現在でも「イギリスのテニスの神様」と呼ばれるフレッド・ペリーを破り、佐藤選手は世界的に有名な選手となりました。

四大大会で5度もベスト4に入り、シングルスだけで32勝という勝利数は、現在でも日本人の最多勝記録となっています。