女性のレーサー

レーサーに男女の区別はない

レーサーに、男女の区別はありません。女性ドライバーは、男性ドライバーに混じってレースに参戦します。現実に、プロとして活躍している女性レーサーもいます。

レーサーへの道は自動車教習所に通うことから

井原慶子選手は、モデル出身のレーサーとしてよく知られています。

モデルとして活躍して頃、レースクィーンとしてサーキットを訪れたのをきっかけにモーターレースに惹かれたそうです。でも、当時、自動車免許も持っておらず、まず自動車教習所に通うことから始めました。

世界最速の女性ドライバーに

1999年、25歳でデビューすると、モデル時代の貯金で「フェラーリ・チャレンジ」に参戦し、初戦で3位に入りました。

その後、イギリスに留学し、スポンサーも自分で探しながら、イギリスやフランスのレースに出場。

デビュー4年目の2002年には、「アジアン・フォーミュラ2000」で優勝しました。国際自動車連盟(FIA)の公認レースで、女性が優勝するのは初めてのことでした。

その後は、耐久レースにも出場するようになり、2013年世界耐久選手権シリーズで、女性として世界最高位のランキング22位に輝き、世界最速の女性ドライバーとなりました。

2014年のル・マン24時間レースで、日本人最高位となる総合14位で完走しました。

レーシングカート時代からファン注目

一方、男性ドライバーと同じように、レーシングカートに乗っていた時代から有名だったのが三浦愛選手です。

小学6年の時、父と兄の影響でレーシングカートに乗るようになり、デビュー戦でいきなり優勝しました。

中学生の時には鈴鹿サーキットで開催されたカートレースに出場、男子ドライバーと上位争いをする女の子と知られた存在になりました。

その後、大阪産業大学に進学すると、ソーラーカーのドライバーとして活躍。国際ソーラーカーレースで優勝したこともありました。

自動車部品メーカーの社員としてレースに専念

しかし、大学卒業後、フォミュラカーへの参戦は、多額の費用がかかることからもなかなか実現しませんでした。

そんな時、三浦愛選手の活躍を見て支援を申し出てくれたのが、自動車部品メーカーの「エクセディー」でした。

この会社で広報として仕事をしながら、会社のバックアップを受けてフォーミュラカーレースに参戦できるようになりました。

この会社は、女子卓球部やなでしこリーグのチームをもち、選手を社員として雇うことでスポーツ活動を支援しています。

2014年4月、三浦選手は、「全日本F3選手権」の「Nクラス(旧型マシンで争う)」で女性ドライバーとして初優勝を飾りました。

レーサーは体力が必要となるので女性には不利な面もありますが、女性でも、実力さえあれば、十分にやっていけるという実例はあります。