陸上選手のつらいこと、大変なこと、苦労

桐生祥秀選手の場合

京都の洛南高校時代から、100mで日本人初の9秒台を期待されていた桐生祥秀選手は、高校卒業後、東洋大学へ進みました。

さっそく5月に、ゴールデングランプリ東京の100mに出場、ジャスティン・ガトリン(アメリカ)らすでに9秒台を出している選手と一緒に走って注目されました。

結果は10秒46でしたが、その後も毎週のように大きな大会に出場します。

7月の世界ジュニア選手権の100m準決勝で、ついに股関節を痛めます。それでも決勝レースに出場し、3位入賞を果たしましたが、70m付近で両ヒザの後ろがつったことで後半失速していました。

さらに、この大会では400mリレーに出場しています。

9月の日本インカレは200mだけの出場にし、優勝しましたが、決勝で左の太もも裏を痛めます。その結果、歩くこともつらい状態となり、左太もも裏の肉離れと診断されました。

全治2カ月で、9月下旬から韓国の仁川で開催されたアジア大会に出場できませんでした。

野口みずき選手の場合

2004年アテネ五輪の女子マラソンで、金メダルに輝いた野口みずき選手は、その後、左アキレス腱の故障に苦しみました。

ようやく故障を乗り越え、2008年北京五輪の代表に選出されましたが、本番直前のスイス合宿中、今度は左太ももの肉離れを起こしてしまいました。

当時、緊急帰国して懸命の治療が行われましたが、本番レースの5日前に出場を辞退しました。

故障や怪我で大会を欠場すること

陸上選手にとって最もつらいことは、故障で大会に出場できないことでしょう。どの選手も、大会で自己ベストの更新をめざして、それまでトレーニングや調整を行います。

目標としていた大会に出場できなければ、それまでの努力も報われません。大会が大きな舞台であればあるほど、選手は気持ちのやり場に困るほど大きなショックを受けます。

故障や怪我で選手生命を失うことも

陸上選手の場合、慢性痛が多く、日頃の無理の積み重ねが大きな原因です。そして、走れないほど痛む前に、体はサインを発しています。

桐生選手の場合なら、7月の段階で股関節や膝裏の痛みを感じていました。それでもレースを重ね、9月に歩くこともできなくなります。

大切なことは、どこかに痛みが出た段階で、体を休ませることが大切です。小さな痛みは、体のあげる悲鳴です。体の発するサインを受け止め、いったん体を休めてから競技を再開します。

小さなサインを受け止めなければ、大きな大会に出場できなくなるばかりか、選手生命さえ危うくなる危険性があります。