小説家のやりがい (体験談)

大勢の人に評価してもらえる

小説家という職業は苦労も多いですが、それ以上にやりがいが非常にあるものです。

想像してみてください。自分が白紙の原稿用紙から書きあげた文章、それも自分の想像の世界を書き写した文章です。その作品を全国の大勢の人たちが読むのです。しかも、彼らはまったくの他人です。

そして何より、彼らはその想像の作品に対して1,000円や1,200円という大金を払うのです。大勢の人たちに読んでもらえる。認めてもらえる。評価してもらえる。これこそ小説家のやりがいというものです。

小説というのは非常に理不尽な世界です。自分の書いた想像の作品を売り物にする出版社という存在社会として確立されている。そして、出版社は1,000円やら1,200円やらという価値をその作品に付ける。そして、赤の他人が大金を払って自分の想像の作品を買って読む。

自分なりのやりがいを見つける

かの有名な三島由紀夫が以下の言葉を残しています。

「小説を書くという行為は非常に非道徳的なものだ。しかし、この非道徳的な行為の中に道徳的行為を見出すのであれば、それは字を綺麗に書くことだ」

三島由紀夫は手書きの生原稿で作品を書いていましたが、彼の原稿用紙は四百字詰原稿用紙一マス一マスに字が綺麗に収まっており、決してはみ出していることはありませんでした。彼は小説のやりがいと道徳的行為を論理的に結びつけていたのです。

このように、小説を書く際、やりがいというものは多数あります。自分の好きな作品が書けるし、売れればそれだけ印税も入る。非常にやりがいがあります。しかし、それだけだといつか躓くときがきます。

その時に転ばずに前へ進めるように、自分流のやりがいというのを見出すことも大切となってきます。