小説家って意外と地味!? けど素晴らしい仕事!

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小説家坂井 希久子さん

1977年、和歌山県和歌山市生まれ。同志社女子大学 学芸学部 日本語日本文学科卒業。2002年、作家を志し、勤めていた京都の通販会社を退職し上京、小説講座の門を叩く。2008年「虫のいどころ」で第88回オール讀物新人賞受賞。著書に『コイカツー恋活』『羊くんと踊れば』がある。
座右の銘:五里霧中

小説家の仕事内容について教えて下さい。

一言で言えば、小説を書くのが仕事なんですけど(笑)

そうですね、普段の生活をしていて、ちょっとした心に引っかかったものをメモしておいたり、頭とか心の中に留めておいて、そういったものを少しずつ組み合わせていくと言いますか……。

普段から小説家としての、モノを見る視点とか、感性とかを持っていたいと思ってます。小説家ってそんな仕事です。

もちろん書くことが仕事なんですが、それ以外のことがすごく重要で、観るもの、聞くもの、映画だったり、小説だったり、全てが栄養になります。そういう意味で言うと、24時間寝ている時以外は仕事中という感じです。まっ、夢もたまにヒントになったりしますから、24時間ですね(笑)

小説家っていうのはそういう仕事かなって思いますね。

24時間仕事の感覚なのですね。一日はどんな風に過ごしますか?

私は低血圧なので、朝はあまり早くなくて(笑)。9時ごろに起きてシャワーを浴びて、軽く食事を摂って、書き始めるのは大体、11時ぐらいからですかね。

14時過ぎになると休憩をしたり、昼は気持ちが弛むのでパソコンを持って喫茶店などに行ったりして、外で書いていることも多いですね。締め切りが迫っている場合は夜中まで書いています。

小説家を目指そうと思ったきっかけを教えて下さい。

きっかけはものすごく単純です。小学校6年生のときに、夏休みの宿題で作文を3本書かなければいけなかったんですよ。先生が好みそうな作文を書くのは、ものすごくめんどくさくて(笑)。

その中の一本は創作物を入れても良いということで、童話を書いたんですよね。童話は宿題で誰も書いて来ないので、先生もおもしろく感じたらしく、県の小さなコンクールに出したんですよ。それが、入選して賞をもらったのが、すごく嬉しくって「将来、小説を書いて生きていく」って言ったことがきっかけですね。

そのときからずっと小説書くって言いながら書いていますから。バカなんです(笑)

小説家を目指そう思ってから、デビューまでの経緯を教えて下さい。

だいたい20代半ばから、小説の公募にちょこちょこ応募していたんですけど、2次選考までは行くんですけど、どうも最終選考には残らないので、どうしたものかなと思って、小説教室の門を叩いたんですね。

そこで、他人の目が入ることによって、いろいろな勉強になり、ちょっとずつ最終選考にも残るようになってきたんです。

私、オール讀物新人賞を受賞したんですけど、新人賞受賞の前に2回最終選考に残ってたんです。受賞した回も合わせて、ぽんぽんぽんって3回残ったんですよ。

3度目の正直ってずっと言ってたんで、獲れてだいぶほっとしましたね。あれで、獲れてなかったら3度目の正直ってなんなんだって思っていたと思うんで。

賞を受賞して小説家になるまでに、何か苦労したことはありますか?

なってからも苦労してますけど…。独りよがりにならないこととか、あまりにも客観的に書き過ぎると、文章が乾いてしまって、人に届かないようになってしまう気もしますし、その辺の兼ね合いは、かなり苦労して書きましたね。

あとは自分がおもしろいと思うものが、人がおもしろいと思うかどうかわからないので、テーマとか題材とかですかね。

小説家の仕事のやりがいを感じるのはどんな時ですか?

のたうちまわって書いている時は、本当になんでこんなことやっているんだろうって思うんですよね。大変だし、地味だし、地道だし。地味とか地道とかすごく嫌いなんです。

なんか、ノッてない時は「あれ?こんなんでいいのかな?」とか思いながら書いてますしね。なんか、結構、このシーンちょっといいかもって力が入り出すと楽しい時もありますけど。

でも、やっぱり書き上がった時とか、すごくこのシーンが書きたかったっていうものが書けた時が、もう、本当になんていうんだろう、喜びとは違った変な高揚感。

そういうものってなかなか小説以外に得られないんですよね。多分、それが好きでコツコツずっと書いてます。

では逆に、仕事での悩みはありますか?

常に悩んでいますが、もう少し早く書けるようになりたいですね。書くのが遅いので。

それと、もっと才能があれば良いのになあとか思います。小説の内容についてもどうしようかって、すごく悩みますけど…。先の展開であるとか、構成だとか、人物の設定だとか、そういうところでの悩みは半端なくあります。

作品に対する悩みはたくさんありますが、あんまり仕事に対する悩みはないかもしれないですね。

話は変わりますが、2012年5月に出た新刊『泣いたらアカンで通天閣』について教えて下さい。

大阪の下町に暮らす、娘と父親の話です。ただ家族ものというだけではなく、親子の絆とか町のコミュニティの絆、昔は当たり前にあったようなコミュニティの絆とか、そういうものを取り上げて書きたかったですね。

親子であっても、本当に自分の心の奥底や悩んでいることなどは、心配かけたくないので言わなかったりします。ただ、言わなくても日々の雑事の中で自然と元気づけられて、そうして生きていくことができる。そんな親子の絆を感じられる話にしたかったですね。

なぜ、親子の話を書こうと思ったのでしょうか?

泣いたらアカンで通天閣私も父も関西出身で、関西弁での2人の掛け合いとか、父のおもしろ話を担当さんに話していたら、それおもしろいと言われて「関西の父と娘の話書きませんか?」という話になってたんです。私も父親に親孝行してないし、それぐらいは書こうかしらって(笑)

だから、主人公の父親のモデルは私の実の父親で、本当に小説のままの感じです。もともとは「父親を泣かせたろ」みたいな所から始まったんですが、誰か特定の人に読ませようと思って書いたのは初めてだったので、なんか力が入りました。

父親に一番読んでほしかったです。しばらくたって父親から、『オヤジを泣かしてくれてありがとう』って、メールが来たので、ああ、あのオッサン泣きよったって(笑)

母親にあんまり愛されていない近所の子とか出てきますよね。そういうニュースとか見てても、母親にばっかり負担がのしかかっているから、母親ばかり責めるのもおかしいかなって思う部分もあって。

地域のコミュニティが機能していたり、周りの人の温かさみたいなもので、そういう子どもたちが救いあげられるような何かがあればいいなと思っています。昔はもっと地域で子どもは育てるものだったんで、社会の宝みたいなところもあったとは思うんですが。

そんなメッセージが込められているんですね。坂井さんから見て、小説家にはどんな人が向いていると思いますか?

やぱり、好奇心が旺盛でいろんなことにおもしろさを見つけられる人であったり、あと、ものすごく自分の中に理不尽なものを抱えていたりする人ですかね。

まあ、いろんなタイプの作家さんいますもんね。でも、やっぱり、書き続けることが一番大事なので、書き続ける意欲があることですかね?

一作書いて受賞しちゃったものの、けっこうその後、満足しちゃって書かない人とかもいると思うので。しんどいし、大変だし、売れなかったりいもするけれども、それでも書く意欲を忘れない人が向いているかもしれません。

あと、たくさん書けることも大事ですね。

最後に小説家を目指す方にメッセージをお願いします。

私は中高時代からずっと小説家になるって言ってきましたが、とにかく、新人賞などの賞に通らないと小説家になれないんです。

結構な倍率ではあるんですけども、今は賞も増えていて、昔と比べると受賞するのは比較的簡単だって言われているんですね。賞を獲るより小説家として残る方が難しいって。

とにかく、ずっと書き続ける体力が必要で、諦めた時が終わりなので、しぶとくやっていただきたいと思いますね。諦めなきゃなんとかなるかもしれない。なんとかならないかもしれないけど(笑)

なんともならなかったとしても、小説を書くってことは、すごく人間の研鑽にもなると思うので、必ず残るものはありますし、素晴らしいことです。小説家は、大変だけど良い仕事だと思っています。