海外の心理学者の有名な人【2020年版】

長い歴史の中で多くの研究者が活躍

心理学が学問として誕生する以前の歴史は古く、古代ギリシャや古代エジプトの時代にまで遡ることができます。

哲学者や宗教者、医者などにより魂や肉体の研究がなされ、近代・現代心理学へとつながりました。

今回は、近代心理学成立以降に活躍した、海外の有名な心理学者を紹介します。

海外の心理学者の有名な人

近代心理学が学問として確立したのは、1879年にドイツのヴィルヘルム・ヴントが、ライプツィヒ大学に心理学実験室を開いたことが始まりいわれています。

海外の有名な心理学者たちは、どのような研究・実績を持つのか見ていきましょう。

ヴィルヘルム・ヴント

ヴィルヘルム・ヴント(1832年-1920年)はドイツの心理学者、哲学者、生理学者で、近代心理学を確立させた「実験心理学の父」として有名です。

心理学が哲学の中の理論として語られることに疑問を投げかけ、実験ありきの学問に昇華させました。

また、自らを心理学者と名乗り、1873年に心理学の教科書「生理学的心理学綱要」を出版した初の人物です。

牧師の子どもとして生まれたヴントは、ハイデルベルク大学医学部を卒業後、物理学者の助手やドイツの高等教育機関の講師を経て、ライプツィヒ大学の哲学教授を務めます。

1879年、同大学において私的に使用していた実験心理学の研究室が大学の授業の場として運用されはじめたことにより、学問としての心理学が成立した年としました。

研究室には日本やアメリカ、ヨーロッパからも研究者が集うようになり、世界各国に多大な影響を与えました。

ウィリアム・ジェームズ

ウィリアム・ジェームズ(1842年-1910年)はアメリカの心理学者、哲学者で、「アメリカのプラグマティズムの父」「心理学の父」として有名です。

神学者の子どもとして生まれたジェームズは、シラキューズ大学やハーバード大学にて生理学や解剖学、心理学を学びます。

ヴントとほぼ同時期の1875年、アメリカで初の心理学を講じるほか、研究室を設けてアメリカの心理学の基礎を築きました。

理論や思考には限界があり、実際にとった行動が意思決定につながるとする「プラグマティズム」を伝え、現代でも心理学研究における根本的な考え方として用いられています。

ジークムント・フロイト

ジークムント・フロイト(1856年-1939年)はオーストリアの精神科医で、無意識の発見によって心理学界に大きな影響を与えたことで有名です。

先述のヴントとジェームズによる実験心理学は、フロイトによって精神分析学として確立・発展した経緯があります。

毛織物商人の父とユダヤ法学者の母の間に生まれたフロイトは、ウィーン大学で物理を学んだのち、医学部の生理学研究所で両生類や魚の脊髄神経細胞の研究を行いました。

1896年に「ヒステリーの病因について」という論文を発表し、精神科医という立場で心理学を治療法として用いました。

アルフレッド・アドラー

アルフレッド・アドラー(1870年-1937年)はオーストリアの心理学者、精神科医で、現代の心理療法やパーソナリティ理論を確立したことで有名です。

近年、日本でもアドラー心理学について書かれた『嫌われる勇気(岸見 一郎・古賀 史健/ダイヤモンド社』)が大ヒットしたことでも注目されました。

ユダヤ人の家庭に生まれたアドラーはウィーン大学医学部を卒業し、眼科医と内科医を務めています。1902年からフロイトと共同で研究をしていたものの、1911年に決別し「個人心理学(アドラー心理学)」を創始しました。

他者を支配するのではなく、援助しようとすることを基本的な思想とし、現代でも愛される名言を数多く残しています。

カール・グスタフ・ユング

カール・グスタフ・ユング(1875年-1961年)はスイスの心理学者、精神科医で、「ユング心理学」を創設したことで有名です。

牧師の家に生まれたユングはバーゼル大学医学部にて精神医学を学んだのち、チューリッヒ大学の精神病棟で精神科医として勤務しました。

「深層心理学」の一種に分類されるユング心理学は、”人間の心の働きは意識のコントロールや認識を超えた「無意識」の働きが大きな位置を占める”という考え方に基づきます。

一時はフロイトを敬愛していましたが、無意識の範囲など学問的な理論の違いから、絶縁する結果となりました。

ジョン・ワトソン

ジョン・ワトソン(1878年-1958年)はアメリカの心理学者で、第二世代として登場した「行動主義心理学」の創始者として有名です。

酒に溺れる父と敬虔な母親の元に生まれたワトソンは、反抗心から暴力沙汰を起こすようになり、荒れた10代を過ごしていました。

その後、シカゴ大学大学院で心理学を学び、論文「動物の訓練」で博士号を取得。同大学やジョンズ・ホプキンス大学の講師、教授を経て、37歳でアメリカ心理学会の会長に就任します。

心理学を科学の一分野ととらえ、人間の行動には法則があり、それによって予測やコントロールが可能になると唱えました。

赤ちゃんを対象にした恐怖条件付け調査「アルバート坊やの実験」が有名ですが、非人道的だとして非難を受ける側面も。

この時期に、「パブロフの犬」の実験で有名なロシアの生理学者のイワン・パブロフ、オランダの物理学者のヘンドリック・ローレンツなど、心理学に影響を与えた学者が誕生しています。

バラス・スキナー

バラス・スキナー(1904年-1990年)はアメリカの心理学者で、「行動分析学」の創始者として20世紀の心理学会に大きな影響を与えたことで有名です。

ハーバード大学卒業後は、ミネソタ大学、インディアナ大学で教鞭をとり、ハーバード大学心理学科の教授を務めています。

「オペラント(道具的)条件づけ」を提唱し、人間や動物に特定の条件を与えると、特定の行動パターンを身につけるというメカニズムを明らかにしました。

同時代に提唱された「パブロフの条件反射」をオペラント条件づけとした手法は、現代でも人間の教育や動物の調教などに使われています。

アブラハム・マズロー

アブラハム・マズロー(1908年-1970年)はアメリカの心理学者で、「人間性心理学」の生みの親として有名です。

機械的で物質的な傾向を持つ「行動主義心理学」に反論する形で生じた心理学で、人間は自己実現に向かって絶えず成長する「マズローの欲求5段階説」を仮説とした「自己実現理論」を主張しました。

ユダヤ系ロシア人移民の両親の元に生まれたマズローは、ニューヨーク市立大学シティカレッジとウィスコンシン大学にて心理学を学んだのち、ニューヨーク市立大学ブルックリン校やブランダイス大学の教授を務めています。

1962年にヒューマニスティック心理学会を設立。人間性心理学の理論は親しみやすいことから、現在でも経営学や看護学など他の分野でも引用されることがあります。

カール・ロジャーズ

カール・ロジャーズ(1902年-1987年)はアメリカの臨床心理学者で、「来談者中心療法」の創始者として有名です。

農園を営む父と厳格なプロテスタント信者の母の元に生まれたロジャーズは、ウィスコンシン大学を卒業後、牧師を目指してユニオン神学校に入学したものの、自分の信念に疑念が起こります。

2年後、神学校を離れてコロンビア大学で臨床心理学を学んだのち、児童虐待防止協会で臨床に携わりました。

マズローと同じ立場から臨床分野で人間性心理学を世に広め、クライアントを受容・尊重する療法を推し進めました。

ウルリック・ナイサー

ウルリック・ナイサー(1928年-2012年)はドイツ生まれのアメリカ人心理学者で、「認知心理学」の名付け親として有名です。

経済学者の父と女性運動に熱心に取り組む母の元に生まれ、1933年に一家はドイツからニューヨークへと渡ります。

ハーバード大学を卒業後、ブランダイス大学とエモリー大学で教鞭をとり、マズローに影響を受けながら心理学的視野を広げていきました。

”人間もコンピュータと同様に情報を処理するシステムである”とする1967年出版の「認知心理学」は、当時の若い実験心理学者の心をとらえ、現代心理学の主流にもなっています。

ジャン・ピアジェ

ジャン・ピアジェ(1896年-1980年)はスイスの心理学者で、ナイサーの認知心理学から派生した「発生的認識論」を提唱した、20世紀最大の影響力を持つ人物です。

中世文学教授の父とプロテスタントの母の元に生まれたピアジェは、幼いころから生物学に興味を示し、10歳で白スズメについての論文を発表しています。

ヌーシャテル大学動物学科を卒業後、ローゼンヌ大学、チューリッヒ大学、パリ大学で心理学を学びました。

子どもの心や思考を調査した結果、知能は年齢に関連したステージを踏みながら進歩するとした「思考発達段階説」を提唱しています。

ジェローム・ブルーナー

ジェローム・ブルーナー(1915年-2016年)はアメリカの心理学者で、「認知心理学」や「文化心理学」を発展させた人物として有名です。

ポーランドからのユダヤ系移民としてニューヨークに渡ったブルーナーは、ハーバード大学で動物心理学を学びます。しかし、動物実験に基づく行動主義は人間の精神的経験の側面を無視していると考えました。

1952年、全米科学会会議において「発見学習」を提唱し、「教育のプロセス」を出版。1972年からイギリス・オックスフォード大学で乳幼児発達の研究を行い、帰国後は文化心理学に貢献しました。

子どもの学習には「経験」「知覚」「言葉」の3つの形があると提唱したブルーナーの考え方は、現代の教育の現場でも用いられています。