日本の心理学者の有名な人(6選)
心理学は欧米発祥とされていますが、日本にも心理学の世界で功績を残してきた心理学者がたくさんいます。
この記事では、普段なかなか目にすることのない日本の心理学者の業績を解説します。
心理学者はメディア出演している?
心理学の専門家がテレビやラジオなどのメディアに出演する場合、多くは心理学者ではなく、精神科医や臨床心理士であることが一般的です。
現代社会では、純粋な心理学者が一般的に有名になることは難しく、表舞台に立つことはあまりありません。
しかし、学問の世界では著名な心理学者が数多く存在し、日本国内のみならず世界でも活躍しています。
以下では、その中からいくつかを紹介します。
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日本の心理学者の有名な人
日本における心理学や関連分野の礎を築いた第一人者から、現在も注目を集める有名な心理学者を6人紹介します。
これらの心理学者たちは、論文や著書で専門知識を広めるとともに、講演や相談を通じて一般の人々に心理学の重要性を伝えています。
彼らの研究と活動は、日本の心理学の進化に寄与しています。
元良 勇次郎(もとら ゆうじろう)
元良勇次郎(1858年-1912年)は、日本最初の心理学者として知られています。
彼は、幕末から明治維新にかけての大変動期を生き、日本における心理学の先駆者となりました。
1853年の黒船来航や安政の大地震など、幕末から明治初期にかけての激動の時代を経験した元良勇次郎は、同志社英学校で心理学を学び、1883年から1885年にかけてアメリカのボストン大学やジョンズ・ホプキンス大学で学びました。
当時、日本では心理学に関する書籍が全て外国語で書かれており、実際にその知識や手法を習得している日本人はまだいなかったのです。
元良は海外で学んだ心理学、哲学、倫理学などの知識を帰国後、日本に根付かせるべく尽力しました。
とくに児童の注意力に関する研究は当時の教育関係者から高く評価され、帰国後は東京英和学校(現在の青山学院の前身)の設立に参画し、教鞭もとりました。
その後、帝国大学文科大学の教授として、心理学や倫理学などの講座を担当し、日本における近代心理学の礎を築きました。
元良勇次郎の業績は、日本の心理学の発展に大きな影響を与え、その先駆的な研究は今なお評価されています。
松本 亦太郎(まつもと またたろう)
松本亦太郎(1865年-1943年)は、元良勇次郎とともに、日本における心理学の発展に尽力した著名な心理学者です。
松本亦太郎は東京帝国大学文学部哲学科を卒業し、その後アメリカのイェール大学に留学して音空間の研究で博士号を取得。
その後、ドイツのライプツィヒ大学で、「実験心理学の父」といわれるヴィルヘルム・ヴントから心理学を学びました。
帰国後、京都帝国大学で教授として心理学講座を新設し、1913年には東京帝国大学で教授として任命され、心理学や倫理学を担当しました。
松本亦太郎は、1927年には日本心理学会を創設し、初代会長を務めるなど、日本における心理学の実践に大きな貢献をしました。
その後も長くにわたり、心理学の普及と発展に寄与し、日本の心理学界で重要な存在となった人物です。
河合 隼雄(かわい はやお)
河合隼雄(1928年-2007年)は、日本の心理学者の中でも特に有名であり、その影響力は大変大きい人物です。
彼は、日本人として初めて、ユング研究所でユング派分析家の資格を取得しました。
京都大学理学部を卒業後、1959年には性格検査の代表的な手法である「ロールシャッハテスト」に興味を持ち、カリフォルニア大学ロサンゼルス校に留学しました。
スイスの心理学者ドラ・カルフ氏の影響を受け、1965年には箱庭療法を日本に初めて導入し、日本箱庭療法学会の設立にも参画。
さらに、1988年には日本臨床心理士資格認定協会を設立し、臨床心理士の資格整備にも尽力しました。
そして、2002年には文化庁長官に就任するなど、多岐にわたる分野で活躍した人物です。
河合隼雄の業績は、日本の心理学や臨床心理学の発展に大きな寄与を果たし、その独自のアプローチは多くの専門家や一般の人々に深い影響を与えました。
大山 正(おおやま ただす)
大山正(1928年-2019年)は、実験心理学、心理学史、心理学研究法、色彩学において専門的な知識を持つ、日本の著名な心理学者です。
彼は東京大学文学部を卒業し、大学院で特別研究生として学びました。
北海道大学文学部の講師を経て、1963年にはフルブライト研究員としてコロンビア大学に留学し、特に色に焦点を当てた実験に従事しました。
帰国後は千葉大学文理学部や東京大学文学部で教授を務め、また、日本大学文理学部長なども務めています。
心理学に関する多くの著書や論文を通じて、彼の知識と研究が広く知られるようになりました。
大山正は2003年からは日本心理学会、日本色彩学会、日本アニメーション学会の名誉会員となり、2007年には日本心理学会国際賞特別賞を受賞しました。
彼の色彩学に対する研究は高く評価され、2009年には日本色彩学会賞を受賞するなど、その業績は多岐にわたります。
岸見 一郎(きしみ いちろう)
岸見一郎は、1956年生まれで、京都府出身の著名な心理学者・哲学者です。
京都大学大学院文学研究科で西洋哲学史を専攻し、博士課程を修了しました。
彼はプラトン哲学やアドラー心理学に焦点を当てた研究を行い、日本アドラー心理学会の顧問を務めています。
岸見一郎は数多くの著書を発表しており、とくに2013年に古賀史健との共著である『嫌われる勇気』は国内300万部を越えるベストセラーとなり、ドラマや舞台化もされました。
また、岸見は精力的に講演会を開催しており、2020年にはオンライン講座も行い、幅広いメディアを通じて心理学や哲学に関する知識を広めています。
岸田 秀(きしだ しゅう)
岸田秀は、1933年生まれで香川県出身の著名な心理学者・エッセイストで、1980年代の「ニュー・アカデミズム」の先駆者として知られています。
早稲田大学第一文学部心理学科を卒業し、同大学大学院で修士課程を修了した後、渡仏してストラスブール大学大学院に留学しました。
1972年から2004年の定年退職まで、和光大学で教鞭を執りながら多くの著書を発表。
とくに1977年に出版された「ものぐさ精神分析』(青土社)は、心理学や人間について述べた作品として有名で、映画監督の伊丹十三、小説家の橋本治、シンガーソングライターで作曲家の来生たかおなど、さまざまな分野に影響を与えました。
2019年に発表された『唯幻論始末記』(いそっぷ社)では、フロイト理論を用いて自身の不幸な母子関係を分析し、唯幻論の集大成ともなる作品として、「人生最後の本」と称されました。
岸田秀の著作は、心理学の理論だけでなく、個々の人間関係や生き方にも深い洞察を提供しています。
日本の心理学者の有名な人まとめ
日本の心理学者たちは、独自の視点から心理学を追求しています。
彼らの業績は、心理学の進化だけでなく、教育や臨床にも大きな影響を与えています。
これらの先駆者たちの研究は、心の動きを科学的に解明し、よりよい社会を作り出すアプローチとなり得るでしょう。