宇宙飛行士になるには? 必要な学歴や採用条件は?
宇宙飛行士になるまでの道のり
宇宙飛行士選抜試験を受けるまで
日本人が宇宙飛行士になるには、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が実施する「宇宙飛行士選抜試験」を受ける必要があります。
ただし、宇宙飛行士に求められるスキルはきわめて高度であり、新卒レベルでは歯が立ちません。
試験に応募するにあたっては、研究開発や設計、あるいは専門職などの実務経験が必要になると考えておきましょう。
つまり、宇宙飛行士になるには、実質的に、まず別の職業を経験する必要があるということです。
これまでの合格者の前職の一例は、以下の通りです。
なお、かつての選抜試験では「理系大学卒」が応募資格のひとつに掲げられていたため、理系職の経験をもつ宇宙飛行士が多いです。
ただし、2021年度に13年ぶりに募集された選抜試験においては、この条件は設けられていないため、今後は文系出身の宇宙飛行士も増えるかもしれません。
実務経験のほかにも、身長や体重、血圧、視力、聴力、色覚といった身体要件など、細かい応募基準が設けられています。
なお、「虫歯があると宇宙飛行士になれない」という話を聞いたことがある人もいるかもしれませんが、治療してあれば問題ありません。
ただし、宇宙服を着て船外活動を行う際には、0.3気圧ほどに減圧され、詰め物があると圧力差で空気が入り込む可能性があるため、宇宙に飛び立つ前には歯科医師の診断を受ける必要があります。
諸条件を満たして選抜試験を受け、見事合格するとJAXAの職員に採用され、宇宙飛行士としてのキャリアをスタートさせることができます。
選抜試験に受かってから
宇宙飛行士として採用された後は、宇宙という過酷な環境下でミッションをこなすための、さまざまな訓練を積みます。
日本人は、「アスキャンクラス」というNASAの宇宙飛行士候補者と同じクラスで学ぶケースが一般的であり、ヒューストンにあるジョンソン宇宙センターで、アメリカ人と一緒に英語で講義を受けます。
新人の宇宙飛行士は、まず基礎研修と呼ばれる1600時間ほどのカリキュラムを受け、自然科学や宇宙についての専門知識や、各種システムの操作方法、航空機の操縦方法、英語やロシア語などを学びます。
1年半ほどかけて基礎研修を終えると、宇宙飛行士認定書が手渡され、正式な宇宙飛行士として認められます。
その後、アドバンスト訓練と呼ばれる上級のプログラムに進み、ロボットアームの操作訓練や、宇宙服を着用した水中訓練、冬山や海上で行う野外訓練などを行って、スキルや体力、チームワークの強化に努めます。
アドバンスト訓練は、基礎訓練とは異なり、アメリカだけでなく、ロシアやヨーロッパなど、世界中を転々としながら行われます。
座学、シミュレーション訓練、サバイバル訓練など、数多くの厳しい訓練をこなしつつ、宇宙飛行に任命される日を待つことになります。
宇宙飛行士選抜試験の難易度
宇宙飛行士選抜試験は、2020年までに不定期に計5回実施され、合わせて11人の宇宙飛行士が誕生しています。
直近に行われた2008年の第5回宇宙飛行士選抜試験をみると、まず書類選考で候補者を絞ったあと、1年半という長期間にわたって、三段階で試験が実施されました。
応募者は963名で、それぞれの段階に進めるのは全体の5分の1から4分の1程度、最終的に三次試験を突破して宇宙飛行士に選抜されたのは3名であり、合格倍率は321倍です。
きわめて狭き門となっていますが、第5回試験までの倍率は178倍から572倍であり、第5回試験だけが突出して高倍率だったわけではありません。
なお、2021年12月から2022年3月4日までの期間で、13年ぶりにJAXAの宇宙飛行士選抜試験の募集が行われています。
宇宙飛行士になるための学校の種類
かつては宇宙飛行士選抜試験に応募するには、4年制大学の自然科学系学部(理学部、工学部、医学部、歯学部、薬学部、農学部)を卒業することが必要とされていました。
これまでの合格者の出身大学は、東京大学や慶応大学といった超難関大学の、工学部航空学科や機械工学科、理学部、医学部などです。
ただし、2021年度に募集開始された選抜試験では、学部の制限はなく、文系出身の人材でも応募できるようになっています。
より幅広い人に対してチャンスが広がっていますが、選抜試験の倍率を考えれば、できる限り高学歴であることが望ましく、また宇宙開発との関連性が高い学部・学科を選択するに越したことはないでしょう。
なお、直近では、自衛隊出身の油井亀美也さんや金井宣茂さんが宇宙飛行士に選抜されています。
防衛大学校や防衛医科大学校といった進学先も有力な候補となるでしょう。
宇宙飛行士に向いている人
好奇心旺盛で学ぶことを継続し、努力できる人
宇宙飛行士は、きわめて特殊かつ専門性の高い職業です。
知力、体力、精神力、協調性など、さまざまなスキルを高次元で兼ね備えていることが必要です。
なかでも最も大切な資質といえるのは知的好奇心であり、宇宙飛行士に求められる膨大な知識を身につけるためには、自分の興味のためならどんな努力も惜しまない性格でなくてはなりません。
わからないことをわからないまま放っておけないという知的好奇心旺盛な人は、宇宙飛行士に向いているでしょう。
宇宙飛行士の仕事や訓練を知り、体験できる場もある
宇宙飛行士を目指したいけれども、本当に自分が向いているのか今一つ自信がもてないという場合は、「宇宙飛行士模擬訓練体験」に参加してみるとよいかもしれません。
茨城県つくば市にある「筑波宇宙センター」では、一般には馴染みの薄い宇宙飛行士の実務に触れてもらうため、予約制の訓練体験イベントを実施しています。
具体的な模擬訓練の内容は、「宇宙ローバー」という無人探査車の遠隔操作、緊急時の対処方法、船外活動、閉鎖環境における適性検査などです。
これらは宇宙飛行士が行う訓練のほんの一部ですが、実際の訓練を体験することで、自身の将来を具体的に考えるのに非常に役立つでしょう。
詳細については、以下のリンク先を参照してください。
→参考:宇宙飛行士模擬訓練・体験
宇宙飛行士に向いている人・適性・必要なスキル
宇宙飛行士のキャリアプラン・キャリアパス
宇宙飛行士としての最初のキャリアの数年間は、すべて上述したような各種訓練に費やされます。
その後、十分に宇宙での業務を遂行できる能力があるとNASAから認定されると、やがて「ISS長期滞在クルー」に任命され、フライトエンジニアなどとして、1回目の宇宙飛行に臨みます。
約半年ほどISSに滞在して、さまざまなミッションをこなし、地球へ帰還した後は、再び地上での業務に従事しながら次にISS長期滞在クルーに任命される日を待ちます。
キャリアの間に何度宇宙に行けるかは人によってばらばらであり、古川聡さんのように生涯一度きりというケースもあれば、若田光一さんのように6回も宇宙に行き、コマンダー(船長)に就任するケースもあります。
宇宙飛行士を引退した後も、それまでに培ったスキルや経験を生かして、宇宙関連の仕事に携わります。
宇宙飛行士を目指せる年齢は?
JAXAが実施する宇宙飛行士選抜試験には、年齢制限はとくに定められていません。
ただし、宇宙飛行士のミッションは肉体的にも精神的にもきわめてハードであり、宇宙飛行士の平均年齢が34歳であることを考えると、合格できる可能性がある年齢はその前後ということになるでしょう。
NASAも、JAXAと同じく宇宙飛行士に年齢制限を設けていませんが、ヨーロッパの「欧州宇宙機関」は、応募できる年齢を27歳~37歳と規定しています。
適正年齢までに、大学や大学院を卒業して幅広い知識と教養を身につけ、専門職の実務経験を積むためには、学生の時点で明確に宇宙飛行士を目指し、懸命に努力し続けることが必要になるのは間違いありません。
宇宙飛行士は女性でもなれる?
日本では、2020年までに向井千秋さん、山崎直子さんの2名の女性が宇宙飛行士に選抜され、宇宙での任務を経験しています。
数としては男性のほうが多いものの、女性でも宇宙飛行士になることは十分可能であり、出産や育児についての環境整備も積極的に進められています。
そうした取り組みは世界的に見て日本は遅れているほうであり、山崎さんは、子育て期間中であった2010年に、NASAで保育サービスを受けながら、ISSへのフライトに臨みました。
JAXAでも、施設内に職員専用の「ほしのこ保育園」を設立するなど、女性の就労環境改善に尽力しています。
2019年には、歴史上初となる、女性宇宙飛行士のみでの船外活動も実施されており、今後も、女性宇宙飛行士は増加していくものと想定されます。
海外における女性宇宙飛行士の現状
NASAでは多くの女性宇宙飛行士が活躍
海外に目を向ければ、より多くの女性宇宙飛行士の活躍実績があります。
NASAでは、これまでに計45名の女性宇宙飛行士が誕生しており、現役宇宙飛行士をみても、全体の約2割ほどが女性です。
NASAの場合、そもそも抱える宇宙飛行士の人数自体が非常に多いということもありますが、日本と比べると、女性宇宙飛行士はより一般的な存在といえるでしょう。
2019年には、歴史上初となる、女性宇宙飛行士だけでの船外活動が実施されましたし、NASAは、女性宇宙飛行士を月に送る「アルテミス計画」も発表しています。
女性が宇宙飛行士になる場合の苦労は?
宇宙飛行士には強靭な筋力や体力が求められることもあって、女性のほうが不利になりやすいのも事実です。
とくに宇宙開発黎明期の頃は、宇宙飛行士に選ばれるのは屈強な軍人の男性ばかりであり、宇宙船も男性の使用を想定して設計されていました。
たとえばトイレに関しては、宇宙では重力がないため、尿を専用のポンプで吸い取る必要がありますが、長年にわたって男性器に装着する形式の装置しかなく、女性用装置が開発されたのはつい最近のことです。
また、宇宙服についても、国際宇宙ステーション(ISS)には男性用サイズのものしか用意されていなかったため、2019年に実施された上述の女性宇宙飛行士の船外活動は、7ヵ月間も延期された経緯があります。
こうした物理的・生理的な事情もあって、まだまだ女性宇宙飛行士は男性よりも非常に少ないのが現状です。
アメリカ以外では各国1名か2名、宇宙開発先進国であるロシアでも、歴史上わずか4名(2020年時点)しかいません。
国際的にみても、日本と同様、女性宇宙飛行士の活躍はまだまだこれからといえるでしょう。
女性宇宙飛行士を支援する取り組みが進んでいる
NASAでは、国風として男女平等の機運が日本より強く、女性の社会進出が盛んであることもあって、比較的早期から女性宇宙飛行士の支援体制が構築されています。
施設内で、公的・私的双方の保育サービスを受けることができますし、職員の家族問題を扱う専門の部署があり、育児だけでなく、家庭環境全般の相談に対応しています。
山崎直子さんも、そうしたサポートを受け、宇宙飛行士に選抜されてから出産し、育児期間中であった2010年にISSへのフライトに臨みました。
JAXAでも、職員専用の「ほしのこ保育園」を開設するなど、女性スタッフでも働きやすい職場づくりを進めており、女性管理職の人数を2倍にするなど、具体的な数値目標を設定して積極的に活動しています。
ほかの一般的な職業と同様、宇宙飛行士についても、女性の就労環境は急ピッチで改善されていく見通しです。
NASAの宇宙飛行士になるには?
宇宙飛行士というと、真っ先にNASAを思い浮かべる人も多いかもしれません。
しかし、NASAはアメリカの公的機関であり、そこで働く宇宙飛行士などの正規職員は、すべてアメリカ人です。
そのため、日本人がNASAの宇宙飛行士になるには、日本国籍を離脱し、アメリカ国籍を取得することが必要になります。
アメリカ国籍を取得するには、アメリカ人と結婚する方法など、5つある手段のいずれかで永住権(グリーンカード)を取得し、その数年後に実施される審査をパスしなければなりません。
決して不可能とはいえませんが、これまでに誕生した日本人宇宙飛行士は全員JAXAの所属であり、NASAの宇宙飛行士は歴史上1人もいません。
ただし、NASAには2万人の正規職員のほかに、約15万人の非正規職員もおり、非正規職員については、アメリカ国籍であることは必須ではありません。
日本国籍のままでもNASAで働くこと自体は可能であり、実際に研究職の契約職員として、NASAで働く日本人もいます。
「どうしてもNASAで働きたい」という場合は、宇宙飛行士とはまた違うかたちで、宇宙開発に関わるという道も考えられるでしょう。