水泳選手の仕事内容

水泳選手の仕事とは

水泳で好成績を収める

水泳選手の一番の仕事は、国内外の大きな大会に出場して好成績を収めることです。

自分の出場する大会を目指して練習し、本番で記録を出し、上位入賞を目指します。

出場する大会に照準を合わせ、日々の練習に打ち込むことも水泳選手にとっての大切な仕事です。

練習拠点とするスイミングクラブや大学のプールに通い、さらに合宿などを通して、大会当日にベストコンディションで臨めるようにします。

水泳を続けるためには多くの費用が掛かるため、ほとんどの水泳選手は企業の水泳部に所属しています。

好成績をおさめ所属企業をPRしたり、水泳の楽しさを多くの人に知ってもらえるよう広報活動をしたりすることも水泳選手の重要な役割です。

大きな大会で好結果を出すこと

水泳選手の一番の仕事は、国内外の大きな大会に出場して好成績を収めることです。

トップ選手が出場する大きな大会としては、「オリンピック」や「世界水泳」「アジア大会」などの国際大会と、「日本選手権」や「国体」といった国内大会があります。

自分の出場する大会をめざして練習し、本番で自己ベストを出したり、上位入賞することが水泳選手の仕事です。

日々の練習が大切な仕事

水泳選手の毎日は、目標とする大きな大会を目指し、練習漬けの日々となります。

練習拠点とするスイミングクラブや大学のプールに通い、強化合宿をしながら、大会当日にベストコンディションで臨めるようにします。

出場する大会に照準を合わせ、日々の練習に打ち込むことも、水泳選手にとっての大切な仕事です。

所属企業をPRすること

水泳界にも、ワールドカップなどの賞金レースはあります。

しかし、日頃の活動費や遠征費など競技活動を続けるのに多額の費用がかかることを考えると、水泳大会の稼ぎだけで競技活動を続けるのは難しいです。

高校や大学を卒業した水泳選手のほとんどは企業に所属し、社員選手として競技活動に専念しています。

所属企業から競技生活をサポートしてもらう見返りが、大きな大会で上位に入り、企業の名前をPRすることなのです。

大きな大会でよい結果を出すことが所属企業のためでもあり、結局は自分自身のためにもなります。

水泳選手の歴史

第9回アムステルダムオリンピックでメダル獲得

日本の水泳選手がオリンピックで初めて金メダルを獲得したのは、1928年のアムステルダムオリンピックです。

男子200m平泳ぎで鶴田義行選手が金メダルを獲得したのが最初です。

そのほか、男子4×200m自由形リレーで銀メダル。

リレーのメンバーでもあった高石勝男選手が、男子100m自由形で銅メダルを獲得しています。

以降も、北島康介選手がアテネ、北京オリンピックで100m、200m平泳ぎを連覇するなど、日本にとって、水泳は「お家芸」といえる競技です。

北島選手は最初のプロ水泳選手

北島康介選手は、コカ・コーラとスポンサーと契約を結ぶことで、プロの水泳選手として活動していました。

しかし、日本の水泳界で、多額のスポンサー契約を結び、プロの水泳選手として活動したのは、北島選手が最初です。

北島選手がコカ・コーラとスポンサー契約を結んだのは、2004年アテネ五輪の100m、200m平泳ぎで金メダルを獲得した翌年の4月。

アテネ五輪で発した「チョー気持ちいい」という言葉が、新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれた後のことでした。

スポンサーと契約を結び、プロの水泳選手になるには、金メダルを獲得したうえで国民的人気者にならないと、なかなか難しい状況です。

水泳選手の組織・所属先

社員選手は競技生活に専念

スポーツ関連企業はもちろん、一般企業でも、日本水泳連盟の強化選手に指定されている選手は、社員でありながら競技活動に集中できます。

出社はほとんどせず、練習拠点であるスイミングクラブや母校に通い、合宿や大会に参加しています。

現役引退後は、その企業を辞める選手もいますし、そのまま働き続ける人もいます。

スポンサーと契約を結ぶプロ選手

かつての北島康介選手のように、スポンサーと契約し、プロ選手として活動することもできます。

プロ選手になると、CM出演やイベント、テレビ番組などへの出演によっても収入が発生し、スポンサーとの契約料や出演料で活動費や遠征費、生活費などのすべてをまかないます。

しかし、プロ契約を結んだ日本の水泳選手は北島選手と萩野公介選手だけです。

オリンピックで金メダルを獲得し、かつ国民的ヒーローにならなければ、個人でスポンサーと契約を結ぶことはなかなか難しいです。

トップ選手に高校生や大学生が多い

2016年リオデジャネイロ五輪で、競泳の日本代表は、男性17名、女性17名の計34名でした。

そのうち、高校生と大学生、大学院生が半分以上の18名。社会人が、男性10名、女性6名で合わせて16名でした。

水泳選手は、かつて、中学生や高校生がオリンピックでメダルを獲得した例もあります。

バルセロナ五輪の女子200m平泳ぎで金メダルを獲得した、岩崎恭子選手は当時14歳でした。

リオデジャネイロ五輪にも酒井夏海選手が15歳で選出されています。

他のスポーツと比べると、第一線で活躍する高校生や大学生が多く、競技年齢のピークが低い傾向にあります。

20代後半のトップ選手も増えつつある

若い時期に競技者としてピークを迎えることの多い水泳ですが、最近はリオ五輪当時32歳だった松田丈志選手や、26歳だった入江陵介選手のように、20代後半以降も第一線で活躍する人も増えつつあります。

日本最初のプロ選手でもある北島康介選手は33歳まで現役を続けました。

しかし、高校や大学を卒業して水泳競技を続けられるのは、第一線の成績をキープしている選手に限られています。

大学卒業後も第一線で活躍する選手は、ミズノやコナミなどスポーツ用品メーカーに就職していたり、スイミングスクールを経営するスポーツクラブのスタッフになっている人が多いです。

水泳選手の1年の流れ

小中高校生の大会

水泳の大会や記録会は、各地で、さまざまな大会が開かれています。

小中学生のトップレベルの大会としては、「全国JOCジュニアオリンピックカップ」の春季大会と夏季大会、「全国中学校水泳競技大会」があります。

高校生のトップレベルの大会としては、高校総体と兼ねた「日本高等学校選手権水泳競技大会」、そして「国体」が有名です。

いずれの大会も、それぞれ種目ごとに参加標準記録が設定されており、それをクリアしていなければ参加できません。

また各地の予選があり、その予選で好成績を収めなければ、それぞれの上部大会に出場できません。

日本一を決める日本選手権

日本で最もレベルが高く、水泳の日本一を決める大会が「日本選手権水泳競技大会」です。

「日本選手権」や「ジャパンスイム」と呼ばれています。

大会は、競泳、飛び込み、水球、シンクロナイズドスイミングの4部門がありますが、会場の問題から、それぞれ個別に開催されています。

競泳は、毎年4月、東京の辰巳国際水泳場で行われます。

競泳の種目ごとに標準記録が設定されており、それをクリアしていなければ参加できません。

また、中高生でも、ナショナル標準記録を突破していれば、その種目に限って参加できます。

日本選手権は、その年に開催されるオリンピックや世界陸上、ワールドカップなど国際大会の選考会を兼ねます。

日本代表が出場する国際大会

競泳の国際大会としては、4年に1度の「オリンピック」、2年に1度の「世界水泳」と「パンパシフィック大会」、毎年開催される「ワールドシリーズ」があります。

競泳のトップクラスの選手にとって、最大の目標はオリンピックでメダルを獲得することです。

世界水泳もトップ選手が出場する大きな大会ですが、水泳界ではオリンピックが最高峰の大会となっています。

4年に1度の「アジア大会」、同じく4年に1度の「アジア水泳選手権」にも代表選手が派遣されます。

代表選考の基準

2016年のリオデジャネイロ五輪で、競泳の日本代表は男女合わせて34名でした。

競泳の場合、オリンピックや世界水泳の代表は、日本選手権の一発勝負で決まります。

選考基準は、日本選手権の決勝で2位以内に入り、かつ、五輪や世界陸上の派遣標準記録を突破することです。

代表の決定に、過去の実績や当日のケガ、体調不良などは、一切考慮されません。

日本選手権で力を発揮できない選手が、よりプレッシャーのかかるオリンピックや世界陸上で力を発揮できないと考えられているからです。

とくにオリンピックの選考会と重なった場合、選考に漏れた選手が、そのまま現役引退することがよくあります。