騎手のつらいこと・大変なこと・苦労

騎手のつらいこと・大変なこと

体重管理は大変

多くの騎手にとって、もっとも大変なのは体重管理でしょう。

競走馬にとって、騎手を乗せて走ることは大きな負担になります。

そのため、騎手は、自分の体重を50キロ前後で維持することが大切になります。

じっさい、50キロを大きく上回るようになれば、騎乗機会が減ります。

騎乗できなければ、収入もなくなります。

現実に、体重が重くなって引退に追い込まれる例もあります。

また、それでも騎乗しようと思えば、短期間で数キロの減量をしなければなりませんが、体重は自分の体質とも関わってきますから、苦労している騎手が少なくありません。

たとえば、ある騎手はレース当日、51キロから50キロに体重を落としている最中に熱中症になり、2日間の騎乗停止処分を受けたこともありました。

また、体重調整に失敗して騎乗をキャンセルし、10万円の過怠金を課された騎手もいました。

騎手は、早いうちに自分なりの体重管理法を見つけ、体重を50キロ前後で維持していくことです。

そのためには、好きな食べ物やお酒を我慢したり、誘いを断ったりして摂生することが必要になります。

特に背の高い人は体重管理が大変

背の高い騎手ほど、体重を維持するのに苦労します。

たとえば、武豊騎手の弟で、2017年まで騎手として活躍し、現在調教師を務めている武幸四郎さんの身長は177cmでした。

177cmの男性の標準体重は約68キロですが、武幸四郎騎手は52キロを維持して現役時代を戦いました。

しかし、20代の頃から過酷な減量をしていたため、骨年齢は70歳に近いと医者から警告されていました。

それでも本人は「体重を維持するためには仕方ない」と話していました。

過酷な減量のせいで、自分の体にムチ打つ騎手も少なくありません。

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騎手の悩み・よくあるケガ

騎乗機会を増やすための営業活動も大変

騎乗機会を増やすためには、日頃の人間付き合いも大切になってきます。

最近は、厩舎の仕事や人間関係のわずらわしさから、厩舎を離れ、フリーの騎手になる人が増えています。

しかし、フリーになると、騎乗する競走馬を自分で探さなければなりません。

もちろん実力の認められた騎手には、騎乗依頼が殺到しますが、若手や勝利数の少ない騎手は、営業が必要になります。

レースのDVDを配ったり、お酒や食事の席に付き合ってアピールしたり、ツテを頼って売り込むことが必要です。

最近は、騎手と馬主、調教師の間をエージェントが仲介することが増えており、エージェントとの日頃の付き合いも大切になっています。

エージェントに嫌われると、騎乗できなくなるので、おもに競馬記者が兼任するエージェントとの付き合いが大切です。

取材には常に協力し、記者の暇な時間にも無駄話に付き合ったり、一緒にお茶を飲んだりすることが求められます。

引退に追い込まれることもある落馬事故

どれだけ優秀な騎手でも、落馬事故の可能性はつきまといます。

骨折などですむ場合でも、数か月騎乗することができず収入的にも痛手を受けます。

さらに時速60キロで走る馬から落ちるため、命にかかわる場合があります。

現在JRAの人気騎手の一人である福永祐一さんの父、福永洋一さんも落馬事故で引退に追い込まれています。

1979年に起きた落馬事故で、福永洋一さんは、乗っていた馬から落ちて頭を強打した上、舌の3分の2以上を噛み切る重傷を負いました。

意識不明の状況から一命をとりとめた福永洋一さんは一年近いリハビリの末、ようやく自力で歩けるようになったものの、騎手として復帰することはできませんでした。

この事故が起きた年、福永洋一さんは勝利数のランキングでトップを走っており、この落馬も自身が原因ではなく、前を走っていた騎手が落馬したものに巻き込まれる形で発生したものでした。

いつ起きてもおかしくない落馬事故は、騎手である以上、避けられないものといえます。

騎手を辞める理由で多いものは?

結果を残せず、数年で引退

武豊、福永祐一、川田将雅など、人気騎手に騎乗依頼が殺到する一方、若い騎手にはそれほど多くのチャンスはありません。

最近では短期免許でやってくる海外のトップ騎手や、地方競馬で結果を残しJRAにやってきた実力派騎手もいるため、その機会はますます限られたものになっています。

トップ騎手たちも、やはり若いころは結果を残せず苦労し、騎乗機会が奪われることもありました。

そんな時は、所属厩舎の調教師らが馬主に掛け合い「何とかもう少し経験を積ませてやってほしい」と頭を下げて乗せてもらったこともあったそうです。

しかし、現在は若い騎手のためにと我慢してもらえるご時世ではなくなってきています。

厳しいですが、やはり実力の世界。

結果を残せないものは引退に追い込まれる世界です。

トップ騎手の引き際

シンボリルドルフと無敗で牡馬クラシック三冠を達成した岡部幸雄騎手。

1988年に落馬事故によって左腕の握力が3キロまで低下する大けがを負ったこともありましたが、不屈の闘志で復活し、2005年まで現役を続けました。

そんな岡部幸雄さんの引退理由は「自身の騎乗への違和感」でした。

ある日、イメージ通りに競馬が出来なくなっていることに気づいた岡部さんは、翌日のレースでも改善が見られなかったことを理由に、以降の騎乗を自粛し、約一か月後に引退しました。

高いレベルで自身を見つめ、その力にかげりがあると自らが感じた瞬間に身を引いた姿は、勝負の世界に生きる人ならではの引き際でした。

限られた騎手にしか許されない決断だからこそ、引き際にもトップ騎手としての矜持が求められます。