③パイロット in カナダ 〜パイロットになるまでの道のり 私の場合〜
前回、「専門職コラム」第2回目では「パイロットになるには」と言うテーマで、実際に私がカナダでパイロットになるに至った話も含めて少しお話をさせて頂きました。
第3回目の今回は、「パイロットになるまでの道のり 私の場合」と言うテーマで、前回よりも一歩踏み込んでお話をさせて頂きたいと思います。
きっかけ ~いつからパイロットになりたいと思ったのか?そのきっかけは?~
私がパイロットになりたいと思ったきかっけはまさに「母」でした。
若かりし頃、母は当時国内線を運航するエアラインで客室乗務員をしていました。
結婚後、客室乗務員を退職した母でしたが、私は小さいころから母の客室乗務員時代の話を聞くのが大好きでした。
フライト中/フライト先での話、機材トラブルでフライトがキャンセルになった際のお客様との出来事、パイロットの話などなど、お気に入りの話が沢山あります。
そんな母の話を聞きながら、いつの頃からか「私もあんな大きな飛行機を操縦して、色々なところへ飛んで、コックピットから綺麗な景色を沢山見てみたい」と、パイロットになることが夢になりました。
学生時代
パイロットになりたいという夢は引き続き抱きつつ、中学、高校生時代を過ごしていました。
高校生の時に日韓サッカーワールドカップが開催され、通訳ボランティアとして各国から来日された方と交流する機会を得たことで、「異文化との交流、日本を外から眺めてみたい」という気持ちが膨らんできました。
また、当時はパイロットになるには裸眼視力が良くなくてはならなかったのですが、残念ながら私は視力がその規定に達していなかったこともあり、大学進学に関しては、一旦、パイロットになることに特化せず、異文化に沢山触れることができ、海外留学をして日本を外から眺められる、そんな経験ができる国際的な大学へ進学しました。
大学生時代は、北欧、フィンランドへ1年海外留学をして経済/経営学部で国際ビジネスを専攻しました。
フィンランドでは世界中から留学してきた学生たちと交流、休暇ごとにヨーロッパをバックパッカーで旅して興味の限り、見聞を広めました。
そんな経験から、将来は「日本の良いものを世界中に紹介する仕事がしたい」と思うようになり、大学卒業後は日本の自動車部品メーカーに就職し、海外営業として仕事をすることにしました。
社会人時代
約10年間、海外営業として仕事をさせて頂く中で、実際に中南米、ヨーロッパに駐在して現地で仕事をさせて頂く機会もあり、とてもやりがいがあり充実した生活をしていました。
そんな中、大きな転機となったのが2011年の東日本大震災でした。
大自然の脅威を前に一瞬にして奪われてしまう人の命を目の前にした時に、「一度きりの人生、後悔はしたくない」という気持ちがとても強くなりました。
そしてドイツ駐在中の2015年、30歳の誕生日を間近に控えた頃、両親が遊びに来ていて目的へ車を走らせながら母と話しながら「やっぱりパイロットになりたいな」と何気なく口にしたところ母が一言、「それだったら、海外留学したら?海外でパイロットライセンス取得したらいいんじゃない?」と。
海外で挑戦できることは知らない訳ではなかったのですが、「その手があった!」と、目から鱗で、その日から実際にパイロットになる為の情報収集を始めることになりました。
それから ~現在~
2015年から情報収集や、カナダ渡航に向けた準備を少しずつ確実に進め、2017年3月末に実際にカナダに渡り、パイロットライセンス取得に向けた訓練を始めました。
そして約2年掛けて自家用、事業用、教官ライセンスを取得し、2019年6月から現職のフライトインストラクターになり、カナダでパイロットとしての最初の仕事を始めました。
現在は、教官の仕事をさせて頂き、経験(飛行時間)を付けつつ、次のステップであるエアラインパイロットになる目標を叶えるために双発機のライセンス訓練をしています。
本当に大好きなことを仕事に出来ている今、これまで以上に幸せです。
自分自身、目指しているパイロットとしての夢に向かっている途中なので、今後もその夢を叶えて行けるように努力していきたいと思っています。
「専門職コラム」第3回目は、「パイロットになるまでの道のり 私の場合」と言うテーマで、私がカナダでパイロットになるに至った話を少しさせて頂きました。
次回、第4回目は、「教官パイロットとして日々考えていること」などについてお話させて頂きたいと思います。
それでは。