好きなことはとことん! 一生懸命やれば、仕事は面白くなる

(読了時間:8分4秒)

医師大圃 研さん

1974年、東京都生まれ。NTT関東病院消化器内科医長。1998年日本大学医学部卒業後、都内の総合病院に勤務。2007年NTT関東病院に移り、消化管の早期がんに対する内視鏡治療を専門として、多忙な毎日を送っている。

医師を目指したきっかけを教えてください。

僕の家は、祖父母も父も医師なんです。みんな消化器外科医をしています。僕の生まれは東京ですが育ちは茨城で、まさに田舎ならではの小さなコミュニティのなかで育ちました。

たとえば、近所の人たちはみんなうちの病院に通っていたり、親が小学校の校医だったりするので、周りから「将来は、お父さんみたいにお医者さんになるのね」と言われ続けていたんですよね。

そこで、小さな子どもがいちいち「なりません!」とも言わないじゃないですか(笑)。カッコいい話ではないのですが、とにかく医師になることが当たり前の環境で育ってきたというのが、そもそものきっかけですね。

子どものころ、他になりたい職業はなかったのですか?

強いていうなら、水泳選手になりたいと思った時期がありました。水泳は幼い頃から続けていて、アジア大会やオリンピックを目指す選手たちと一緒に練習をしたりと、ある程度のレベルまではやっていたんです。

ただ、本当にオリンピックに出られるほどのレベルではなかったですし、親からは、中途半端になるのだったら医師を目指したら?と言う風には言われていました。

それからは、どのような進路で医師になったのですか?

大学は日大の医学部に入りました。医師になるには、国家試験に受かってしまえば、どこの大学を出たかというのはそこまで影響がありません。ただ、いくつか受かったなかで、うちは代々日大の卒業生が多かったですし、いろいろ馴染みがあったのでそこを選びました。

そして、大学卒業後は大学の医局に入らず、都内の某総合病院に勤めました。いまはそういう人も増えてきているんですが、その当時、大学を出て医局に入らない人は100人中3人いるかいないか、という時代。かなり特殊なケースでしたね。

最初から医局に入らず働いて、苦労しませんでしたか?

そのときは夢中だったので苦労とも思わなかったんですが、いま振り返るとかなり過酷でした。僕は研修が終わったあとも、非常勤の嘱託という身分で働いていました。

学閥が色濃く残る世界で、私自身が無所属で後ろ盾が無いこともあり、無給にされたり辞職を迫られたりと冷たい仕打ちを受けたこともあります。ただ、クビにされるようなことはまったくやっていない、という自信があったので続けられました。

こんな話をすると、皆さんは「なぜ、医局に入らなかったのか?」って思いますよね。たしかに、医局に入ると身分は保証されます。でも、そこで何の意思も持たずに流れに乗り、「コマ」としてなんとなく働いている人も多くて。

もちろん、医局に所属していても高い意識を持っている医師はいますし、医局に入ることを否定するつもりはありません。ただ、当時の僕には「流れに乗っかって何がメリットになるんだろう?」という疑問があったんですよね。

それと同時に、「安定性」や「生活の保証」ということへの不安感があまりなかったのもあるかもしれないです。「なんとかなるだろう」と思っていました。

内視鏡に関しては、どのように技術を身につけていかれたのですか?

当時、僕が取り組んでいた内視鏡手術の技術は非常に新しいものでした。どんなことをやっているのか理解している先生自体が少なかったですし、ましてやそれに携わっていた人は、全国的に見てもほんのわずかで。

僕にも直属の指導者はいなかったので、自分なりに考えていましたね。自分で行った手術を録画したビデオをすり切れるまで見返して、「次はああしよう、こうしよう」ということをずっと考えるんです。

手術後でグッタリしていますから、ビデオを見ながら寝てしまう…なんていうこともざらにありました。当時は技術的に確立されていなかったこともあり、内視鏡手術は5時間以上かかることも珍しくなく、手術のビデオを見るのも大変です。

僕はいま、「消化器内科」というところで働いていますが、内視鏡手術は外科の要素がとても大きいです。テクニックを身につけるためには「どれだけ経験を積むか」が大きなポイント。

たとえば、外科の先生は、手術以外の時間でもいたるところに糸を巻き付けて、糸結びの練習をしているんですよ。

僕は常に手術のことを考えてしまうんです。工事現場で地面掘り返すのを見てても、「あの地面を削り取る動きは、がん除去の手術に何か応用できないか」というように考えたりもしちゃいますね(笑)

いまのお仕事の内容と、1日の流れを教えていただけますか。

平日は、朝7時半頃から回診を始めます。1時間ほどかけて回ったあとは、朝のミーティングです。消化器内科は僕のいる「消化管」のほか「肝臓」と「胆のう・膵臓」の3つのグループに分かれていて、それぞれが1日の大まかな予定を確認し合います。

その後、8時半から外来の診察を始めます。僕は紹介状を持ってきている患者さんのみの診察ですが、平均1日に20人ほど、13時半から14時頃まで診察を続けます。日によっては、朝から内視鏡を行うこともあります。

午後の検査は通常13時からスタートするのですが、午前中の外来がそれ以前に終わることはないため、どうやってもお昼休憩はとれません。そのまま午後に突入し、内視鏡の検査や手術を行います。

検査は順調にいけば17時〜18時頃で終わり、そこから夕方の回診を行います。手術をする場合は21時をまわることもありますね。

午後の予定が終わったら、入院患者さんのカルテを記入します。「この患者さんには明日採血やCTを」といったオーダーも行います。それから医局に帰り、仕事のメールをチェックしたり学会や講演の資料を用意したり…と、事務作業的なことをします。

土日もお仕事をされるのですか?お休みはあるのでしょうか?

基本的に休日はありません。病気で入院している患者さんは、平日も土日も朝も夜も関係ないですよね。ですから、土日も一度は回診して様子を確認するようにしています。

患者さんは、少し私たちの顔を見るだけでも安心しますから。最近は、土日は講演などで地方へ出かけることも増えましたが、空いている日は必ず行きますね。

もちろん、医師は自分たちの生活もなんとかしなければなりませんから、全てを投げ打っても…とまでは言いませんが、うちのグループではみんな可能な限り土日も出るようにしています。

ちなみに、グループは6人です。当直は若い人を中心にしていて、僕はいまは月に1度くらいですね。当直はけっこう免除してもらってると思います。

そんな多忙な日々のなかで感じる、お仕事のやりがいを教えてください。

医師というのは患者さんに感謝される機会が多いものです。それ自体がたしかにやりがいでもあるのですが、自分に自信がなければ、本当の満足感には繋がらないなと思うんですよね。

僕自身、本当にやりがいや満足感を感じられるようになったのは、ある程度経験を積んで、自分がやっている行為に自信を持てて、胸を張れるようになってからです。

新米の頃には「こんな自分が給料をもらっていいんだろうか」という気持ちもあったんです。まだ若くて一人前でないときに、給料をもらうことは筋違いくらいに思っていました。そんな気持ちがあったから、非常勤でほとんど給料のないときも頑張れたのかもしれません。

世の中にはいろんな歯車が回っていて、それぞれの人が何かの歯車の役目を担っていると思っています。歌って人を幸せにする人もいれば、内視鏡で「がん」をとる僕のような人もいます。

そして、がんをとり、病気から人を救うという役目が僕の存在意義であると感じています。

今後の夢や目標はありますか?

いま考えていることはただひとつ。「人を育てる」ことです。単純に教育に興味があるというよりは、多くの患者さんを救いたい、という想いが強いです。

たとえば、僕が1人で100人の患者さんを救うよりも、僕が100人の医師を育て、その各々が100人ずつ救うことができれば、10,000人の患者さんを救うことができるようになるじゃないですか。

まずはそこまで。それを目標にしてやっているうちに、またその先の目標が見えてくるものだと思っています。漠然とした大きな目標をたてるよりも、そのときそのときで自分ができることをしっかりと果たしていきたいですね。

お仕事以外で、何か趣味や楽しみにしていることはありますか?

完全なオフというのはないんですよね。でも、このところワインにハマっています。僕はもともとお酒が好きなのですが、ここ10年ほどは仕事に集中するためにずっと禁酒をしていました。

ですが、最近とあるきっかけで少しワインを飲む機会があって、その美味しさにビックリ!まさに「目から鱗」状態でした(笑)。学生時代は安物ばかり飲んでいたのもあって、「ワインって、本当に味が変わるんだ!」なんて、いまさら感動しましたね。

それからは、ワインの本を読んで研究したり、ソムリエの資格について調べたり、ワインセラーまで買ってしまったりと、その熱は冷めやらずです。好きなことはとことん追究したくなるんです。

周りにそんな話をしたら「内視鏡と一緒ですね」なんて言われました。それで、「ああ、自分って凝り性なんだな」とこの歳になって実感しましたよ(笑)

医師には、どんな人が向いていると思いますか?

皆さんは、大胆で雑なお医者さんに診察してほしいと思いますか?嫌ですよね。医師には、「マメで細かい人」や「こだわりを持つ人」なんかが向いていると思います。

あと、何にもあまり興味を持たない淡白なタイプよりは、執着心が強いほうがいいと思います。

さっきのワインの話でもそうですが、僕は異常にこだわりが強いところがあって。子どもの頃は、折り紙をピッチリとズレないように折りたくて仕方なかったですし、たとえば、靴磨きなんかでも、この靴にはこのクリームで…といったように、かなりの細かさっぷりを発揮してしまいます。

でも、それが楽しい。どんなことでも「何でもいいや」というよりは、自分なりのこだわりを持ちます。それは、医師には必要なことじゃないかと思いますね。

最期に、学生の皆さんへメッセージをお願いします。

僕が内視鏡にここまで情熱を傾けられるのは、やっぱり内視鏡が好きだからなんですよね。そして、好きで一生懸命やるから、どんどん面白くなります。

仕事というものは、ただルーティンワークのような気分でやっていても、数年やっていれば大抵のことは「なんとなく」できるようになります。でも、それじゃあ飽きてしまって10年も20年も続けられません。

好きで一生懸命やっていれば、ますます面白くなりますよ。向上心を持ってください。途中でやめたら、面白さはわからないですよ。

人生の転機は「たまたま」といったことが多いですが、その偶然の率を上げるのは自分次第です。何事も突き詰めていくことが大事だと思います。

「生活のための仕事」と割り切るのもひとつの価値観ではありますが、それだけになってしまうよりも、好きなことをしてどんどん物事を究めていけたほうが、人生楽しいですから。

(取材・文:石原 桃子)