人生は人を幸せにしてナンボ。人の幸せを見たときに幸せになれる

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牧師(キリスト教伝道師)下村 明矢さん

1960年大阪生まれ。灘高校卒業後、早稲田大学在学中に洗礼を受ける。伊藤忠商事に就職し、計14年の中国駐在を経て、田島ルーフィングへ転職。同社で働きながらJTJ宣教神学校へ進学し、2011年4月より「ITCN月曜集会」で福音を述べ伝えている。東京プレヤーセンター理事。

「伝道師」の仕事内容について教えてください。

「伝道師」としての仕事のみをしているのではなく、ほかの仕事と兼業して働いています。

日頃は企業の営業職として働きながら、月に一度伝道師として「東京プレヤーセンター」にて聖書の内容を伝えています。ビジネスマンという経験も生かして、日常生活での悩みごとなどを取り上げて聖書の話をしています。

参加してくれる方の半分はビジネスマンです。また、学生の頃から合気道をやっているので、集会の始めには海外ビジネスマンに役立つ護身術のプチ講座なども行っていますよ。

牧師」と「伝道師」はどのようにちがうのでしょうか?

「牧師」とは、プロテスタント教会の指導者のことです。礼拝で説教をし、洗礼式や結婚式を執り行い、信徒を指導するために365日24時間従事している方をさします。いつ行っても話ができるというのが牧師です。

「伝道師」はプロテスタント教会の信者で布教活動をしている人のことです。常に教会にいるとは限りません。私は企業で働きながら、兼業として聖書の内容を伝えていますので、伝道師になります。

また、説教の相手も異なります。牧師は週に一回説教しますが、信者に向けて語ります。牧師はその人の人生に寄り添う「牧会」が主な仕事です。

それに対して、伝道師は初めてお会いする人に対して語ります。信者を増やすということが目的ですので、伝道師はある意味営業マンの仕事に似ているかもしれません。

ちなみに牧師も伝道師も、女性がなることもできますよ。

牧師ではなく、伝道師となったのはなぜでしょうか?

私にとっての持ち味は、企業で働いているという経験や、お金を稼ぐ苦労、ビジネスマンの生活を理解できていることだと思っています。ですので、兼業でもできる伝道師の方が、キリスト教を伝えるのに活きるのではと感じています。

また、現実的な話、子どもを3人抱えている父親として、牧師では経済的な難しさがあったという理由もあります。それは、伝道師は兼業でできるのに対して、牧師は専業で一年中信徒を指導しなければいけない立場だからです。

聖書の教えで、信徒の献金は収入の10分の1が目安となっているので、だいたい10家族からの献金を受けると生活ができるようになると言われていますが、神学校を出て2年目の私にとっては信徒を集めることは容易ではありません。

いまは、企業に勤めながらボランティアで布教活動に携わるというスタイルが、とても自分に合っていると感じています。

伝道師になったきっかけはどのようなものでしょうか?

私は中国と日本のハーフなのですが、大学2年の秋、留学のため、初めて中国に行きました。そのときに同行した留学生の中にクリスチャンの女性がいて、200冊もの中国語の聖書を持ち込んでいました。

当時は、言論統制が行われていた文化大革命が起きているころだったので、聖書の持ち込みは危険な行為だったのですが、私は訳のわからぬまま、彼女の聖書運搬の手伝いとして、地下教会に足を踏み入れたのです。

そこでは中国のクリスチャンたち20名が待ち構えていて、私たちが到着するやいなや、「日本の兄弟姉妹が命を懸けて聖書をもってきてくれたぁ。」と声を殺して涙し、力いっぱい抱きしめてくれました。

そこでのリーダーとの出会いが、のちに信仰を持つようになったきっかけです。

どのような出会いだったのですか?

そのリーダーは、政治思想犯として20年にわたる労働収容所から解放されたばかりでした。

収容所では、毛沢東を礼賛する文章を書かなければ食事が与えられないというものだったそうですが、彼はその賛美する文章の主語を、心のなかで「毛沢東」から「イエス様」に替えることによって、つらい20年間を乗り越えたとの話でした。

リーダーは涙ながらに、「この部屋も盗聴されているかもしれません。明日また、収容所に送り返されるかもしれません。だから私はこの瞬間に命をかけてイエス様の愛を伝えます。」と語りました。

そのとき、「この人を突き動かすパワーとは、いったい何なのだろう。俺とぜんぜん違うこのパワーは、いったい何なんだろう。どこから来るのだろう。それをなんとしても突き止めたい!」という気持ちが生まれたのです。

それを突き止めるために、帰国後に台湾人の教会に行き始めたのです。ですが、まだ信仰は持っていませんでした。

「自分と違うパワー」というのはどんな意味ですか?

私は父親が中国人ということもあって、幼少のころからいじめられていましたので、その悔しさ、怒りをパワーにして人生を生き抜いていました。

見返してやるという気持ちから、猛勉強の末、灘高校にも行きましたが、そこではかなりの不良で、よく喧嘩に明け暮れていたのものでした。

その後、早稲田大学の合気道部に入り、先ほどお話した、中国留学の一年後の大学3年のときに、インカレ優勝、全国制覇を果たしました。ですが、中国での運命的なリーダーとの出会いがあっても、日本一を達成するまでのエネルギー源は依然として怒りと憎しみだったのです。

無二の親友であっても、試合となると憎しみのスイッチが入り、一瞬にして敵に変わりました。

「行く手を阻むものはすべて倒したる!」

本気でそう思っていました。その時は本当に殺気だっていたと思います。歪んだ気持ちでパワーを引き出し、親友にも勝利し、日本一になりました。

そのときは、日本一になったことがうれしくて、早く教会でみんなに報告したいという気持ちでいっぱいでした。

教会のみんなは喜んでくれたのでしょうか?

教会にかけつけたときには、すでに礼拝が始まっていました。と、そのとき、牧師の語る聖書の「み言葉」が、私の心に響いたのです。

『人は、たとい全世界を得ても、自分のいのちを損じたら、何の得がありましょう。自分のいのちを買い戻すために人はいったい何を差し出すことができるでしょう。』というものです。

その言葉が胸に突き刺さりました。「これは自分のことだ!」と思いました。「たった一回優勝しただけで有頂天になって、なんてしょうもないんだ。自分はいのちをなくしている。」と。

そしてみ言葉は続きました。

『人が友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛は誰も持っていません。』

自分は、大好きな友達でも、自分のためなら平気に殺そうとする憎しみに満ちている。そんなことでは、人を不幸にするし、自分も幸せになれるはずがないと思いました。

「こんな人生は嫌だ!」と心底思ったのです。

そのとき、幼少時から怒りと憎しみでいっぱいだった私の何かが音を立てて崩れた気がしました。心のどこかでは、そんな自分がずっと嫌だったのでしょう。

「イエス様私を変えてください。」と気がついたらその場で大号泣してしました。そうして、大学3年生の秋に洗礼を受けたのです。

その後は、教えの道を目指したのでしょうか?

私は大学を卒業した後は、教えの道ではなく、商社に就職しました。

内定をもらった時に神学に進むかどうか悩んでいたのですが、先輩から

「本当にやりたいことをやるということが、神様の喜ばれることなので、その世界でイエス様の愛の力でもって自分の力を発揮して、イエス様の素晴らしさを示してはどうか」

というアドバイスをうけて、就職を決めたのです。

商社では23年働きました。中国には合計14年駐在し、学生のうちに猛勉強した中国語を活かすことができました。ですが、商社の仕事はやりがいはある反面、体力的にハードでありますし、本当にやりたいこととは違うなと感じていました。

中国では、自分の家を開放して中国のクリスチャンと礼拝をおこなっていたのですが、人生の折り返し地点である40代で、今後どうしようかと考えていたときに、社宅で宗教活動を行っていることが、会社の規則に反していると指摘されたのです。

そのとき、以前から親交があり、尊敬の念をいだいていた取引先に誘われて、転職しました。それが6年前の46歳の時でした。その時も聖書の言葉が決め手になりました。

それから神学を学んだのでしょうか?

はい、JTJという通信講座で学べる神学校で学びました。中国から日本に出張に帰ったときに、その学校の近くにホテルをとっていたという偶然に縁を感じて、申し込みに至り、中国でDVDで神学の勉強を始めました。

そうこうしているうちに日本に帰ることになり、DVDで勉強を続けるか、教室へ通うか悩んでいたのですが、日本へ送った荷物の中からDVDがなぜかなくなっていたのです。

ですから、日本に戻ってからはJTJの教室生になり2年間勉強しました。DVDでは半年勉強しましたので、合計2年半神学について勉強しました。

勉強した内容は、「聖書神学」「組織神学」「実践神学」などです。

伝道師になるまでに苦労したことはありますか?

やはり、勉強と仕事の両立です。前社の仕事量では両立もできなかったかもしれません。

200枚のDVDが送られてきて、毎日それを見てレポートを書かなければなりませんでしたから大変でした。

伝道師・牧師になるための一般的な方法を教えてください。

神学大学を出るか、私のように専門学校へ進むかになります。

大学はどこかの教団・教派のバックアップをうけていますので、基本的に卒業後はその教団や教派で働くことになります。

私が学んだJTJはどこかの教団・教派には属していません。それが特徴で良い面もあるのですが、卒業した後の進路は、自分で開拓しなければならないという大変さもあります。

海外に在住して、現地で暮らす日本人に布教を始める方もいますよ。

伝道師のやりがいはどんなところにありますか?

月に一回の礼拝では友人や仕事のお付き合いのある方が40〜50人くらい来てくださっています。

私は会社員と伝道師の2足のわらじで、フルタイムでの牧師さんとは知識の量は違うかもしれません。ですが、大きな会社も小さな会社も、日本も海外も経験し、さらに昔は手の付けられない不良でした。

そんな私だからこそ語れることがあると思っています。これが自分に与えられたミッションだと感じています。

友人との食事のときは、まず食事の前にその友人の家族のために祈るのですが、学生時代とのコントラストが印象的なようで(笑)

「あのワルの下村が?」と友人が興味を持ってくれて、それをきっかけに礼拝に来てくれることがあります。

また、食事中の会話から、礼拝で話す内容のヒントも得ることもあります。親の介護や、奥さんのうつ、子供の不登校、健康のことなど話を聞いて、時代が必要としているテーマを感じ取っています。

私がこのような活動をしていることを、友人たちが人生の岐路に立った時にふと思い出してくれて、ブログを読んでるよと連絡くれたり、話を聞きに来てくれるところに大きな喜びを感じています。

企業での仕事と伝道の仕事、そして家族との日常生活の3つを自然体でできていることに、とても充足感があります。

なにか日常生活で活きる教えがあれば教えてください。

人生は人を幸せにしてナンボ。心から「自分の人生よかったなあ」と思うのは自分の横にいる人を幸せにしたときです。自分自身の幸せ自体は、実は大したものじゃないと思います。人の幸せを見たときに幸せになれるのではないでしょうか。

ではどうしたらいいのかなのですが、自分に与えられたタマモノ(神から与えられた天性の能力や優れたところ)で、人に幸せを分け与えらることができたとき、自分自身も幸せになれるんだと思います。

自分が果たすべき責任や義務を果たしたとき、結果的に名誉や賞賛、報酬が生まれます。

初めから「偉くなりたいから」「お金をもらいたいから」といって自分を磨いたり、仕事を選んだりするのではなく、自分のタマモノを活かすその義務を果たすことを目標にすると筋が通った人生になると思います。

みんな持っているその「何か」をしっかり見つめて、育てて発揮できたときには、間違いなく皆さん幸せになります。

「何がしたいのかわからない」「自分のどの部分が優れているのかわからない」という人はどうすればいいですか?

人が少しでもほめてくれることを信じてやってみることです。

自分のタマモノは、自分の理想とは離れていることがあります。南国の人が雪国に憧れるように、ないものねだりをしている人が多いです。

自分の中に元々あるものは、飽きがきていて特別に思っていないことが多いですが、他の人はそれに気づくことがあります。ですので、人が言うことにはものすごい可能性があるんですよ。

騙されたと思って、人が少しでも「すごいね」とほめてくれることを、真剣になって磨いてみることが、自分の可能性を広げてくれると思います。人の言葉を素直に受けて止めることが大切です。

伝道師を目指す方へのメッセージをお願いします。

もし牧師や伝道師に興味を持って頂けたら、まずは教会へ来てみてはいかがでしょうか。そして聖書を手にとってみてください。

信仰を持ち始めたら、洗礼をうけていなくてもJTJで勉強もできますし、学校やお仕事をしながらでも目指すことができます。

もちろん、私の礼拝に来ていただいてもけっこうですし、ブログを読んでいただくことも何かのきっかけになるかもしれません。
下村明矢さんブログ

ぜひ、お近くの教会にお気軽にお越しください。

(取材・文:矢島 奈生子)