「私にとって旅は“希望の光”」世界94ヵ国を旅した旅行家・藤原かんいち(読了時間:11分52秒)

好きを仕事にしてる人を紹介するインタビュー記事。
今回は、二度の世界一周で合計94ヵ国を旅した旅行家、同時に写真家・イラストレーターの活動をしている藤原かんいちさんからお話を伺います。

旅行家の活動内容

「旅行家」とはどのような職業でしょうか?

旅を共有する仕事です。多くの人に「旅に出るきっかけを作ってもらう」ことを大きな目的としています。

具体的には、自分の旅の企画・計画・立案。

その計画をもとに旅をしながら、写真や動画の撮影や、WEB(ブログ・SNS・HP)や雑誌・スポーツ新聞に掲載する記事の執筆をしています。

旅行記・エッセイ・写真・イラスト・動画などの媒体を通して、リアルな旅のエピソードを発信。

また、旅中に撮影した写真の展示会を開催し、写真を通して世界の風景や文化、旅の魅力を直接的に伝えています。

他にも、6年前から雑誌で旅人をインタビューする記事連載。

さらに、5年前から少人数で行くショートトリップを開催(仕事旅行社)しています。

参加者と一緒に歩き、旅の話をしたり、人生相談に乗ったり、スマホ写真の撮り方などをレクチャーします。

これまでどれだけの数の国へ足を運んだのでしょうか?

これまでに訪れた国は94か国です。旅行の合計期間は約4000日間。

その内の約2600日間(7年4か月間)は海外を旅していました。

国内の旅のトータルは約1400日間です。

ただ、ずっと海外に滞在していたわけではありません。

海外は国際自動車運転免許の期限が1年と決まっているため、1年以上かかる長期間の旅でも1年に一度は必ず帰国していました。

100日間以上に渡る海外の旅はこれまで5回。

期間として最も長かったのは2004~8年に夫婦で実現した電動バイク世界一周で合計983日間です。

旅行家の収入

旅行家の活動で収入を得ているのでしょうか?

旅行家だけでなく、写真家やイラストレーターとしての活動も行っているので、その3つで生計を立てています。

旅行家の場合、数か月以上の長期に渡る旅では、スポンサーから入る金額が大きくなります。

ただ、一つの旅企画が数年間に跨る場合は1年毎に支払われるんです。

会社員と違い、月毎に収入が入るわけではありません。

なので、旅企画以外にも、雑誌やWEBで旅行記の執筆、月に1回「旅行家になる旅」というショートトリップを開催しているので、そこからの収入もあります。

また、写真家としては、個展開催、写真作品販売による収入。

イラストレーターとしての原稿料もあります。

ただ、どちらにしても収入額は不安定なので、いつも妻が家計を助けてくれています。

ありがたいです。

写真家やイラストレーターの仕事もされているんですね。

写真家は4年ほど前から。

旅では風景写真やスナップ、人物など誰もが撮っている一般的な写真を撮っていました。

それとは違う視点の写真をスマホで撮影するようになりました。

花の中にいる虫たちや蜘蛛の巣に付いた無数の水滴、水面に映る景色など。

身近にあったはずなのに見ようとしていなかった世界(景色)を撮影し、それを主にInstagramで発表しています。

現在のフォロワーは1万人で87%は外国人です。

個展の開催、作品販売、海外のグループ展にも参加しています。

iphoneのカメラを使っていることから、Apple社のInstagramで私の作品がフューチャーされたこともあります。

イラストレーターは3年前から、旅を別の角度から伝えたいと思い、世界旅の面白エピソードをイラストで描くようになりました。

2年前から月刊誌「タンデムスタイル」で連載を描いています。

また今年から好きな古いバイクのイラストを描くWEB連載も始まりました。

どのような想いを持ってそれらの活動をされているのでしょうか?

旅はとても深く大きなものなのでいろんな想いがあります。

地球は面白く、生きる楽しさを教えてくれます。

そして人生の選択肢を広げてくれるでしょう。

一つの国に留まるのは勿体ないと思うのです。

最近では、パソコンやスマホの画面でも簡単に世界中を回ることができます。

しかし、バーチャルな世界には限界があります。

風の匂いはしないし、冷たい氷河に触れることもできません。

もちろんおいしそうな料理を何度見ても、お腹はいっぱいになりません。

直接「見て・触れて・感じる」リアルな旅、本当の体験に敵う者はありません。

世界にはいろんな景色・文化・言葉・食べ物・人・生き方・幸せがあることを知ってほしいのです。

世界は広く無限です。

もしも今の場所で生きにくいと感じている人も、他の場所へ行けば楽しく生きられるかもしれません。

今いる場所から一度飛び出してほしい、私の行動と旅がそのきっかけになったらと思っています。

旅行好きのはじまり

いつから旅行が好きなのでしょうか?

子どもの頃から知らない場所へ行くのが好きで、自転車やバイクで本格的に“旅”をするようになりました。

最初の冒険は小学生5年生のとき。

友人と1日かけて大きな城山ダムへ行きました。その際に見た景色は特別でした。

漫画が好きだったことで、当時読んだ「サイクル野郎(10代の青年が自転車で日本一周をする物語)」の影響を受けて、日本一周が夢になっていました。

中学からはツーリング用自転車に乗るようになり、行動範囲が一気に広がりました。

中学2年のとき、友人と二人で富士五湖&伊豆半島一周旅行を実現。

高校からはひとり旅を始めて、高校2年の春に神奈川の自宅から祖父母の住む岩手県まで自転車旅をしました。

未知の風景や人との出会いにワクワクし、旅で出会った大人や大学生たちに「すごいね」「頑張って」と声をかけらたことが大きな励み、勇気、自信に。

旅とは別に、幼いころから絵が好きだったため、高校卒業後はグラフィックデザインの専門学校に進学。

そして、デザイン事務所に就職しました。

就職してしまうと旅行に行く時間がなくなってしまうのではないでしょうか?

就職したのも、旅へ行くための貯金をすることが目的でした。

日本一周実現へ向けて旅貯金をし、就職して1年4か月、旅の資金が貯まると辞表を出しました。

23歳の夏のことでした。

当時は自転車ではなく、バイクに乗っていたのでバイクで日本一周を開始。

道中、様々な景色や食べ物に感動。同年代の旅人との出会いや、地元の人たちの見返りを求めない親切に心を打たれました。

貧乏旅だったので毎日テント生活をしていたとき、自分の今を形作る出会いがありました。

富良野のキャンプ場でテント生活をしていたのですが、私以外にも長期滞在と思われるテントが。

話を聞くと「日本一周中に資金が底をついたのでテントに寝泊まりしながら農場バイトに通っている」と。

私には、旅をしながら現地で働くという考えがなかったので驚くと同時にそんな方法もあるのかと感心しました。

そして、30代の男性と出会ったんです。

その人は、夏は北海道、冬は沖縄、日本を行ったり来たりする生活をしていて、それぞれの土地で季節労働をしていました。

さらに、妻と子供は福岡に住んでいると。

このように型にハマらず自由な人生を謳歌している人たちとの出会いから、人生を豊かにしてくれるのは肩書ではなく、“生き方”だと感じました。

そこから、自分のやりたいことを実現しようと考え、日本だけでなく広い世界へ行こうと。

そして、360度の地平線をバイクで思い切り走ってみたいと。

私は原付バイクによるオーストラリア一周の旅を計画しました。

そしてデザイン会社へ再就職し、とにかく節約を心掛けて再び旅貯金をスタートしたんです。

旅行家として活動するまで

そこから、原付バイクで世界一周の旅が始まったんですね。

そうですね。

ここが原点です。

小さな原付バイクによる一周は前例がなく失敗する可能性もありましたが、もしもできたら価値あることだと思いました。

旅に出る直前は、周りの人から否定されることも多かったですし、自分自身も社会から外れてしまうのではという不安もありました。

しかし、学校や親が教えてくれない大切なことを旅は教えてくれると、経験から知っていました。

旅をする価値は絶対ある、世界を旅したら日本では得られない体験ができると考えたんです。

そして、オーストラリアへ。

英語が苦手だったこともあり、多くのトラブルもありましたが、親切な人たちに助けられて旅は進んでいきました。

渡豪して2ヵ月後、ついに目標であった360度の地平線の中をバイクで走り、夢が現実になったのです。

様々な不安を抱えながらも、諦めずに続けてきた。

初めて自分自身の行動に感動した瞬間でした。

旅の体験は日本のつまらない常識や固定概念を壊し、世界を多様な視点でみる大きな目と心を与えてくれました。

そして本気になればたいていのことはできること、結局は自分次第であることも教えてくれました。

その時はまだ旅行家として活動はしていなかったんですね?

はい、その後もデザインの仕事で旅貯金をして、長期の海外バイク旅に出ることを3度繰り返しました。

ただ、オーストラリア一周の前に、好きなバイク雑誌の編集部に旅の企画書を送ったところ、まさかの編集長の目に留まり、私の旅行記が連載という形で掲載されることに。

そこから、海外の旅に出るたびに雑誌で旅行記を書くようになり、旅で少しずつ収入が得られるようになってきました。

メジャーな雑誌に取り上げて頂く機会も増え、コンスタントに発信していくうちに、2輪メーカーのホンダなどから少しずつ協力を得られるようになりました。

この頃から、全ての時間と労力を旅に使いたい、もっとたくさんの人に旅の魅力や素晴らしさを伝えたいという想いが強くなってきたことで「旅行家」という職業を立ち上げました。

前例のない職業のため、先は見えなかったのですが、この職業にワクワクしました。

どのように仕事を取って行ったのでしょうか?

旅の企画・内容を決め、雑誌やWEB・スポーツ新聞などの編集部にコンタクトを取り、旅行記の連載をアプローチ。

連載がいくつか決まったら、スポンサー探しをします。企画の内容に即した企業を探してプレゼンテーション。

このプレゼンテーションでは、記事の中の写真や文章でスポンサーのバイクを露出、宣伝効果を図ります。

さらに、車両に企業のステッカーを貼って認知度UP、企業のイベントや広報誌に参加協力などを行います。

このようなことから、少しずつ企業からのスポンサード(資金援助)が得られるようになり、旅行家という職業が確立されていきました。

“旅行家”には「好きなこと」「私生活」「社会的役割」「収入源(仕事)」「使命」などいろんなものが詰まっています。

なので、旅行家という仕事は、職業(肩書)ではなく、私の人生そのもの、生き方なんです。

旅行家のやりがい、つらさ

旅行家の活動をする上で、どのような時に楽しさややりがいを感じていますか?

旅行家の仕事を通して、自分がやりたいことを実現しているので、当然のことながら活動自体に楽しさ・やりがいを感じています。

特に、私の旅の様子や進展具合をネットでチェックしてくれている方から「毎日の楽しみになっている」と聞いたとき、私の旅に刺激を受けて「バイクの免許を取った」「旅に出ることにした」と聞いたときは、私の旅の共有ができていると実感するとともにとても嬉しく思います。

また、様々な国に行って日本にいるだけでは分からなかったことを多くの人に伝えられる瞬間も有意義だと感じます。

例えば、日本人旅行者があまり行かない中東を訪問した時、日本人が持っているイメージとは違って、とても親切な人が多くとてもお世話になったことなど、行ってみないと分からないことなので。

旅行家はこれまで誰もやったことのない未知なる職業です。

未知なる世界を自分の足で一歩一歩進んで行くようなワクワク感があります。

逆につらいな、大変だな、と思うことはありますか?

収入が安定しないのは大変ですね。

企業からのスポンサードを受けるまで、前例のない企画がほとんどなので企業側の理解と協力を得るまでに時間がかかります。

電動バイク世界一周のときは、プレゼンのほか、旅の記事を露出できる媒体を増やすなど、スポンサー決定まで1年間近くかかりました。

もしスポンサーからNGが出たら、収入は0円になってしまいます。

収入が不安定なので妻にいろいろ苦労をかけています。

また、基本的に企画、営業、旅の進行、撮影、報告など、旅に関わるほぼ全てを個人(時に少人数)でやっているため、仕事が多方面に渡るため対応するのが大変ですね。

これは余談ですが、妻とふたりで旅をする時は、旅を成功させる以前に夫婦関係が壊れないように心がけています(笑)。

旅行家としての目標

今後、旅行家の活動を通して目指していることを教えてください。

私にとって、旅は“希望の光”でした。

なので、世界中の人たちにとっても、旅が“希望の光”になることを目指しています。

特に子どもたちへの“希望の光”に。

まだ企画の段階ですが、世界中の子供たちに旅することの喜びや幸せを伝える新しい旅“INTERNET JOURNEY”を計画しています。

今は、その企画書を自筆の漫画で描いている途中です。

漫画を書くこと自体は、実は初めてなのですが(笑)この漫画には、実行したい具体的な旅の内容と旅を通して作りたい世界、伝えたいことが詰め込まれています。

まずは、その漫画を完成させて一冊の本にして、たくさんの人達とシェアをしたいと思っています。

職業に漫画家が加わるかもしれません(笑)。

そして、漫画の世界をフィクションではなく、現実の旅として実現させたいと思っています。

本を通してスポンサーを得たり、本の収益の一部を旅の資金にしたり、また世界の子供たちの未来のために寄付したいと思っています。

このINTERNET JOURNEYの旅の様子はSNSなどで世界に発信する予定です。

この旅をさらにアニメ映画するのも夢です。

来年になればある程度、具体的なものが見せられるものがあると思いますので、しばらくお待ち頂ければと思います。

好きを仕事にしたい人に向けてメッセージを

最後に、好きを仕事にしたい方へメッセージをお願いします。

まず、好きなものに出会えていることはとてもラッキーなことです。

そして、その好きなことをとことんやることが大切だと思います。

誰にも負けないくらい思い切りやること。

「好き」を続けるために、諦めなければいけないことも出てきます。

諦めなければならないこと、というのは「そんなに好きでもないこと」として、優先的に捨てましょう。

必要なことだけを残して、「好き」をとことん磨いて極めてください。

そうすれば、あなたは特別な存在になります。大きな価値が生まれます。

その価値を誰が認めるのか、それは「社会」です。

社会があなたの「価値」を認めることで、仕事に繋がってくるでしょう。

ただ、もし仕事に繋がらなかったとしても嫌いにならないで欲しい。

その「好き」を仕事とは別の形に変えて、愛し続けて欲しいです。

藤原さんが面白いと感じる国3選

1. インド
死体が流れる川で人々が普通の顔で沐浴をしたり体を洗ったりしている。

野良牛が路地から突然目の前に現れたり、小さな子供が物を売っていたり、想像を超えることが毎日のように起こります。

とにかく人間のエネルギーが圧倒的、日本人の小さな常識を壊してくれる国。

2. アフリカ
日本は物の数や種類が多すぎることを教えてくれます。

生命の逞しさを感じ、明るくて素直な人間性に癒されます。

それからサバンナの野生動物には感動した。

文化などは日本からすごく遠い存在に感じるが、実際に会ってみると笑いや悲しみを感じるところは同じなのが嬉しかった。

3. メキシコ
神秘的なマヤ遺跡の数々。

美しいカリブ海のビーチ。

気取りのない人々。

タコス、サルサソースなど独特な食文化。

オシャレでカラフルな民芸品。

ジャングルもあれば砂漠もある。

日本から訪れる人は少ないが、実は多様な魅力を持つ素敵な国でした。

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