今を大切に! 好きなことは何でも夢中でやってみよう!

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助産師富樫 直美さん

1975年、東京都出身。助産師としてNTT東日本関東病院に勤務。助産師の仕事をしながらプロボクサーとしても活躍を続け、日本初のWBC女子世界ライトフライ級世界王者に輝いた。2008年から2012年の間に7度の防衛に成功。2012年9月10日に現役を引退し、同月に結婚。劇団四季の大ファン。
座右の銘:今を生きる

富樫さんは現在、どのようなお仕事をされていらっしゃるのですか?

助産師」というと、“お産を取り上げる”イメージを持っている人が多いのではないでしょうか?もちろんそれは助産師の仕事ですが、妊婦さんの栄養指導や生活についてアドバイスを行う「外来」も担当しています。

当院のように「助産師外来」をやっているところでは、助産師は妊娠中から出産まで産婦さんとずっと関わりを持つので、信頼関係を築きやすいですね。産婦さんとしても、分娩のときに顔見知りの助産師がいることで、より安心してお産に臨めるように思います。

毎日の仕事は、外来担当の日もあれば分娩担当やベビー室担当だったりと、日によって違います。

助産師になったきっかけを教えてください。

私は高校卒業後、看護学校を出て「看護師」としてスタートしたんです。就職したのは中規模の総合病院で、内科病棟で働いていました。肺から消化器、そして眼科まで幅広い症状の患者さんがいるところでした。

毎日一生懸命やっていたのですが、人が亡くなる瞬間に立ち会ったり、ご家族の悲しみに触れたりすることも少なからずあったりと、あまり楽しいと思えなくて…。私自身まだまだ未熟だったのもあり、「こんな重い仕事に関わっていて良いのだろうか…」と、仕事を辞めてしまいました。

それから、半年ほどアメリカ留学へ。格好良く言えば「自分探しの旅」です(笑)。帰国後は「やはり人を助ける仕事、人の役に立つ仕事がしたい」と思い、再び医療の世界に入ろうと決意しました。

ただ、また看護師の仕事をする自信はなく、ちょうど助産師学校の試験を受けたら合格して。なりゆきだったのですが、学校では看護師時代とはまったく違う楽しさを感じ、そのまま助産師になりました。

助産師の仕事が楽しいと感じたことについて、詳しく聞かせていただけますか?

産婦さんと赤ちゃん、このふたつの命を守るという意味では、助産師の責任はものすごく重いと言えるでしょう。でも、新しい命が誕生するというのはとにかく幸せなことで、心の底から「おめでとう」を伝えることができるんです。私は単純なので、喜んでもらえるのが本当にうれしくて。

あと、赤ちゃんのパワーって本当にスゴイなと思いますね。みんなを幸せにしてくれます。仕事でヘトヘトになったときも、ちょっとベビー室に寄って赤ちゃんをギュッとすると、回復するんですよ(笑)

幸せそうな光景が目に浮かびます(笑)。では、そもそも看護師を目指そうと思ったきっかけは?

いまの若い子は知らないかもしれませんが、子どものころ『キャンディ・キャンディ』という漫画が大好きだったんです。孤児院で過ごす少女キャンディが、いくつもの逆境を乗り越えながら明るく前向きに人生を送っていく…といったストーリーなんですが。

キャンディはゆくゆく看護師になるんです。それで「人の役に立つ仕事っていいな」と感じましたし、ある程度の年齢になったときには「手に職をつけたい」とは考えていましたね。『キャンディ・キャンディ』、みなさんも機会があったらぜひ読んでみてください!

一方で、「元WBC女子世界ライトフライ級世界王者」というご経歴も大変気になるのですが…。

ボクシングを始めたきっかけは、単にダイエット目的だったんです。

私がちょうどジムに通い始めたころ、女子のアマチュア大会がスタートして。最初はボロ負けしたのですが、楽しかったですし「試合に勝ちたい!」という気持ちが芽生え、6年間アマチュアで続けました。

2度日本一にもなって、次は北京オリンピックへの出場を目標にしていました。ですが、そのとき女子ボクシングが競技種目に採用されなかったんです。まだ日本はプロ化もしておらず、そこで目標がなくなってしまったんですね。

ただ、海外にはすでに女子のプロボクサーも存在していて、日本人でも海外でタイトルをとった選手はいたんです。そこで、私もタイでプロデビュー。ちょうどその帰りの飛行機内で、日本の女子ボクシングがプロ化するという連絡を聞き、プロテストを受けて2008年の5月に日本でもプロになりました。

その後、WBCのライトフライ級暫定王座決定戦で勝利してチャンピオンになり、2008年から2012年まで、4年間で7度の防衛に成功しました。

助産師のお仕事をされながらですよね!? 練習はいつされていたのですか?

日勤の日は、朝6時前に起きて10km走って、8時から18時ごろまで助産師の仕事。そのあと、20時から23時までボクシングの練習をして、家に帰ってご飯を食べて洗濯をして寝る…という生活を繰り返していました。

夜勤のときは、仕事前の1時間しかトレーニングができなかったので集中してやっていました。夜勤明けはさすがに走れないので、ジムワークのみを3時間ほどしていました。その後、また夜勤に行くときは死にそうになっていましたが(笑)

助産師のお仕事だけでも忙しいと思うのですが、なぜボクシングと両立できたのですか?

「どちらが大事か?」ということは、考えませんでした。考えたらやっていけないですし、どちらも好きなので、常に目の前のことに一生懸命向かっていましたね。

ボクシングの場合は、試合が決まったらそこに向かって頑張るだけ。とにかく勝つためには練習をするしかないんです。リングに上がったら自分しか信じられなくて、信じるためには練習するしかない。だから夢中で練習できたんだと思います。

また、ボクシングは身体をかなり酷使するスポーツなので、長くできるものではないということは、最初からわかっていました。ですから、「今を大事にすること」と「太く、短く、負けたら辞める」ということは考えていましたね。

正直なところ、両立は大変じゃなかったですか?

もちろん、体力的にはとても大変でしたし、疲れすぎて眠れないこともありました。でも、助産師の仕事があるのでボクシングの練習時間を作ることが難しいのは当たり前ですし、そんな中で作った練習時間ですから、「集中してやろう」と常に言い聞かせてやっていました。

職場の人が応援してくれていたのも大きかったですね。別にみんなボクシングが好きなわけではないので、職場で見せる顔とはまったく違う「ボクサーとしての私」をずっと応援してくれていました。

日本代表のサッカーの応援じゃないですけれど、みんなで一体になって同じ時間を共有できた感じがします。職場の仲の良さは、集合写真を見てもらえればよくわかると思います(笑)(※写真はNTT関東病院産婦人科のみなさま)

そして、2012年9月10日に引退。その決意についても聞かせていただけますか?

最後は怪我が重なって、充分な練習ができなくて。そういう意味で、勝てなかったのは当然だと納得しています。

スポーツ選手にはいろいろな考えの人がいると思うのですが、私はいいパフォーマンスをして、お客さんに喜んでもらうのが「プロ」だとずっと考えていました。

ですから、最高のパフォーマンスができなくなった時点で辞めたということです。

ですので、全然悔いがないんですよ。チャンピオンになったことで、テレビに出たり講演活動をしたり…貴重な経験をたくさんさせてもらいました。それに、チャンピオンは強いだけでなく、チャンピオンにふさわしい発言や行動が求められることを学びました。

周りからは、笑顔でリングを去ったことに「やっぱりね、あなたらしい」って言われましたよ(笑)

では、話を助産師さんに戻しまして。お仕事で大変なところを教えてください。

やはり生死に関わる瞬間ですね。赤ちゃんが不幸にも亡くなってしまったり、大変なお産になってしまったりしたときは「自分がとった行動は本当に正しかったのだろうか」と常に考えさせられます。

また、基本的にお産は保険適用せず自由診療になるので、ある意味妊婦さんは「お客さん」ということになるんです。でも「生むときは誰も助けてあげられない」ということはしっかり伝えています。

お産の痛さは想像以上なので、「助けてください」とか「もう切ってください」とよく言われます。そのつらさはわかりますし、助産師も旦那さんもそばには居てあげられるけれど、代わってあげることはできません。

本人が頑張るしかないんです。とはいえ、つらいだけの出産体験では育児も楽しくなくなってしまうので、助産師が付き添って認めてあげることで次のステップにいけますし、それが私たちの役目だと考えています。

助産師さんが活躍できる場は、病院以外にもあるのでしょうか?

助産師は、やり方次第でいろいろな場で働ける仕事だと思います。また、女性が生まれてから亡くなるまで、トータル的に関われるのがこの仕事。

私も今度、中学校で思春期の性教育についての講義をしますし、地域に根付いた形で助産院を開いて、思春期や更年期のメンタル面の相談を受けている人もいます。

私もこの仕事に活かせたらと思って、アロマの資格をとったんです。総合病院では使えないのですが、いずれ役に立てたいですね。ほかに、鍼や赤ちゃんのマッサージの勉強をしている人もいますし、普段の仕事だけでなく+αの勉強をしている人は多いですよ。

医療業界は、自分でお金を払っても勉強したいという熱心な人が多いように感じます。

今後の夢や目標を教えてください。

走れ! 助産師ボクサー

「健康あっての毎日」だと思っているので、何かしら女性の健康を援助する活動をやっていきたいですね。そのなかで、ボクシングでの経験もアロマの資格も活かせるのではないかなと思います。

「チャンピオン」の肩書きを得たことで、各所から講演依頼をいただき、『走れ! 助産師ボクサー』(NTT出版)という本も出しました。また機会があればぜひ執筆もしたいですが、待っているだけではダメなので…。いろいろな人の知恵をお借りしながら、少しずつ準備していきたいと思います。

お休みの日の楽しみはありますか?

仕事は4週8休ですが、ボクシングをやっているときは休日にみっちり練習をしていたので、丸っきり一日休むということがありませんでした。趣味は…出不精なので、通販でのお買い物が好きです。健康グッズとか、鍋とか…忙しくてもクリックひとつで買えちゃうので危険です(笑)

あと、実はつい最近結婚したばかりなんですよ。旦那も元ボクサーです。結婚休暇では、一週間宮城の被災地へボランティアに行ってきました。そんなこんなで生活がガラリと変わったところなので、新生活を楽しんでいきたいと思います。

助産師にはどんな人が向いていると思いますか?

「相手を喜ばせるのが得意な人、相手が喜ぶのを見て自分がうれしくなる人」ですね。助産師の仕事は、何より産婦さんやご家族に満足してもらうことが一番にありますから。自分本位だとちょっと難しいですね。

「向上心」はどんな仕事をするにしても大切ですよね。どの道でも、「プロ」は現状に満足することなく、常に進化していくものだと思っています。これはボクシングで学んだことですが、チャンピオンになると常に研究されて、自分を倒そうとする人がどんどん出てきます。

だから、負けないためには、常に進化していかなければならないんです。それはどんな仕事であっても同じ。進化し続けることが、本当のプロフェッショナルなんだと思います。

学生さんにメッセージをお願いします。

「助産師とボクシングを両立してスゴイ!」と言われることは多いですが、もちろん苦しいときもあったし、こんなはずじゃなかったと思うこともありました。

どちらかにすべきか選択を迫られる時期もありました。でも、どちらも好きだから頑張れたんです。もし、どちらかを辞めていたら後悔していたと思います。

みなさんも、好きなことはとにかく夢中になってやってみたらいいと思います。そうは言っても、1日24時間で使える時間は限られてきますので、そこは自分できっちりとスケジュールを決めてやるしかないですよね。

本当に好きなことだったらできるはずですから、やりたいことには何でも挑戦してみてください!

(取材・文:石原 桃子)