開院から35年。80歳まで現役の針灸師目指す。

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鍼灸師杉山 元一さん

日本鍼灸師会 針灸師。1950年生まれ、千葉県佐倉市出身。1977年国際鍼灸専門学校卒業。同年、はり師ときゅう師の国家資格を取得し、針灸とカイロプラクティクを併用した治療を行う「船橋はり・きゅう院」(千葉県船橋市)を開業。今年で開業から35周年目。同じ仕事を長く続ける秘訣は「今の仕事が自分に向いていると信じること」。

針灸師とはどのような仕事なのですか?

体の「こり」や「痛み」などを訴える人に、短い針(はり)やお灸(きゅう)を使って、治療をする仕事です。何となく気分が優れなかったり、疲労感がなかなか取れないような状態を「不定愁訴(ふていしゅうそ)」と言いますが、こうした人たちの治療もしています。

ただ医師とは違うので手術をしたり、薬を処方したりはしません。首や肩、腰など、痛みやこりを感じる箇所や体のツボに針をさして刺激を与えたり、症状が重い場合はお灸をすえたりして、症状を改善していくのです。

ちなみに、痛みや苦痛、副作用などはほとんどない上、使い捨てのはりなども用意しています。

1日の仕事の流れを教えて下さい。

朝、針灸院に来たら、前日の夜に洗濯した綺麗なシーツをベッドにかけます。そして、エアコンをつけて室内の温度を26度ぐらいに保つようにします。

衣服を脱いでもらった状態で治療することが多いので、室温の設定には特に気を使いますね。特に真冬はエアコン2台と石油暖房機、加湿器などがフル稼働です。

営業時間は9時〜20時まで。1日に10人〜15人の患者さんの治療をします。患者さんに「今日はどこが気になりますか?」と聞きながら、一人ひとり丁寧に治療するのを心がけています。

時には治療時間が1人2時間におよぶこともあります。最後の患者さんが帰ったあとに、シーツをすべて洗濯し、使用済みのはりを「高圧蒸気滅菌機」で無菌状態になるまで完全に消毒して翌日に備えます。開院してから35年、毎日がこの繰り返しです(笑)。

針灸師を目指そうと思ったきっかけは何ですか?

はじめは千葉工業大学の工業化学科を卒業して、船橋の衣料品店で働いていました。私の母が戦後、着物など衣料品を販売して生計を立てていたこともあり、私もゆくゆくは独立してお店を開業することを考えていたのです。

ところが、駅前に大型のスーパーであるイトーヨーカドーが出来て、地元の小売店の経営が厳しくなるのを目の当たりにしました。将来への不安を感じていたその頃です。人生の転機が訪れたのは・・・。

1972年、当時の田中角栄首相が中国との国交を正常化しました。それをきっかけに、手術の際にはりを使って麻酔をする「はり麻酔」が日本にも入ってきたというニュースを偶然目にしたのです。

「これから日本でも針灸が“はやる”」と直感し、針灸師になるための専門学校に行くことを決意しました。大学を卒業してから2年後、24歳の時です。

それから独立、開業するまでの道のりは?

針灸師の専門学校は3年制です。針灸の基礎的な知識や技術などは3年間の学校の授業を通じて学びました。ですが「もっと勉強したい」「もっと実技を身に付けたい」という思いが強く、学校に通いながら、針灸治療の第一人者だった出端昭男(でばた・あきお)先生に弟子入りしたのです。

出端先生からは解剖学の理論など専門的な知識のほかにも、患者に接するときの心構えや経営者としての心得など学ばせていただきました。先生との幸運な出会いもあり、在学中に治療方針が決定。卒業後すぐに「はり師」と「きゅう師」の国家資格を取得し、船橋市内に「船橋はり・きゅう院」を開業しました。

これまでどのようなご苦労がありましたか?

35年も営業していると苦労の連続で・・・(笑)。振り返ってみて一番大変だったと思うのは、開業できる物件の確保でした。

普通のビル内に店舗を構えるとテナント料が高く、治療費もそれに合わせた金額にせざるを得ません。私は、少しでも安い費用で質の高い治療をしたいと思っていたので、比較的賃料の安いアパートの物件が希望でした。

そうした物件は、大家さんから営業の許可が出ず、なかなか見つかりません。ようやく船橋駅から徒歩5分ぐらいのところに良いアパートが見つかり、営業の許可も出たのですが、今度は患者さんを集めるのに苦労しました。

当時はインターネットなどありません。お客さんに針灸院の存在を知ってもらうには、街に看板を出したり、広告を出したりする必要があります。ですが最初は、近所の人に看板を出すのを断られたりもしました。

許可を得るため、土地の所有者だった大手銀行に何度も頭を下げに行ったこともあります。今では、インターネットで検索してホームページを見たお客さんが多く来て下さるようになりましたが、当時は本当に集客に苦労しました。

この仕事をしていて良かったと思うことはどんなときですか?

患者さんから「治ったよ」「良くなったよ」と言ってもらうことが一番の喜びです。

以前、膝を痛めた患者さんが来たことがあります。その人は、「総合病院の整形外科でレントゲンを撮ってもらったところ、先生から、『手術しなくては治らない』と言われた」というのです。ところがはり治療したところ、3回で痛みは消えて、症状は完全に治まりました。

患者さんに負担の少ない治療で、症状を改善させることができたときは、やっぱり素直に嬉しいですね。それは「この仕事を続けていて良かった」と思える瞬間でもあります。

針灸師の仕事はどんな人が向いていると思いますか?

患者さんの要望をしっかり聞いて話し合いながら、最適な治療法を探っていくので、人と話すことが好きで、コミュニケーション能力が高い人は向いていると思います。独立して開業を目指すなら、経営的なセンスや説得力ある話し方も身に付ける必要があるでしょう。

はりやきゅうの知識や技能などは学校でも学べますが、意外にも学校では学べない部分も大切になっているのです。

これは私自身のことですが、今は一人ではり・きゅう院を経営しているので、嫌な上司も同僚もいません。大変なことも多いですが、すべて自分で考えて決定することができます。

ですので、人と群れることが苦手で会社の組織に合わないタイプの人も向いているかもしれません。ただしそこには「どんな苦労も自分一人で乗り越える」という強い信念が必要です。

将来の夢や希望はありますか?

体力が続く限り、1日でも長く治療を続けていきたいです。10代から90代までの年齢層の患者さんに来ていただいていますが、中には、開業から35年間ずっと通ってくださる患者さんもいらっしゃいます。

そういう人たちのためにも、あと20年、80歳までは現役の針灸師でいたいですね。