「けん玉師という職業を確立させたい」世界で初めて“けん玉を職業”にした男・伊藤佑介(読了時間:8分6秒)

好きを仕事にしてる人を紹介するインタビュー記事。
今回は、世界で初めてけん玉を職業として確立させた けん玉師・伊藤佑介さんからお話を伺います。

けん玉師の活動内容

けん玉師の仕事内容を教えてください。

国内外のショーやイベントなどに出演してけん玉パフォーマンスを披露したり、ワークショップを開催してお客さんにけん玉体験をしてもらったりしています。

フリーランスとしてけん玉師の仕事をしているため、様々なイベント会社、広告代理店、教育機関、行政機関などからご依頼をいただき、お引き受けする形で仕事をいただいています。

あとは、3か所でけん玉教室を行っています。

1か所は週に一度、2か所は月に一度、主には子どもたちにレッスンをし、講師料をいただいてます。

「パフォーマー」と「講師」の仕事だけで年間200回はけん玉をしています。

それ以外では、大道芸として披露することもあります。

「ヘブンアーティスト」という東京都が実施する大道芸人公認制度があって。

オーディションで受かった大道芸人にライセンスを発効して、指定された公園で大道芸が自由にできるという制度なので、その制度を活用して、仕事が空いた週末に大道芸でけん玉を披露するんです。

イベントや教室がないときには何をされているんですか?

自宅で事務作業をしたり、打ち合わせをしたり…あとは庭でけん玉の練習をしています。

妻には「遊んでる!」って言われるんですけど(笑)地方や海外のショーやイベントに行くこともあるのですが、本来であれば“出張”なのに、間違えて「旅行いってくる!」とか言ってしまうくらい。

本当にけん玉が好きで、それがありがたいことに仕事になっている。ほとんど趣味のような感じで、とても楽しく仕事をしています。

けん玉師になるまでの葛藤

いくつくらいの頃からけん玉に魅了されていたんですか?

小学校2年生のときですね。

2つ上の兄が所属していた子ども会でけん玉を習って、家でけん玉をしていたんです。

それを見て始めたのが最初です。

やってみたらすごくハマってしまって家でずっと練習していたのですが、小学校3年生のときに、兄にけん玉を教えていた方が「けん玉道場」を開催することになって。

ぜひ習いたいと入門しました。

後に日本一を何人も輩出するほどの道場で、私も小学校6年生のときに日本一になって、周りの人たちから認めてもらえることも多くて。

けん玉を続けていくうちに「大人になってもずっとけん玉をしたい」と思うようになったんです。

ただ、けん玉でお金を稼げるなんて全く思っていなかったので、小学校の卒業アルバムには「会社に就職してけん玉を続ける」と書いていました(笑)

けん玉師になろうと決意したタイミングは?

実はちゃんと決意したのが大学4年生の3月くらいで…。

就職活動をしていた当時、全くけん玉が職業として成り立ってませんでした。

そもそもけん玉は遊び道具ですし、娯楽としての認識が強いため、それでお金を稼ぐことはタブー。

広島県がけん玉発祥の地ということもあり、大学時代は広島県廿日市市の公務員を目指したんです。

平日は仕事、土日はけん玉ができる環境をと試験を受けたのですが…見事なまでに筆記試験で落ちてしまって。

けん玉にどうしても携わっていたいけど、その道が分からず将来に悩んでいたとき、母がいきなり東京から沖縄へ移り住んだんです。

しかも、那覇のような都会ではなく、与那国島という離島に。

さらに、もともと専業主婦で何のイロハもないのに、塩の会社を始めていました。

だけど、今まで専業主婦として家で見てきた母とは比べものにならないほど、一生懸命に仕事をしていて、輝いて見えたんです。

同時に、自分はとても中途半端にけん玉と向き合っていると感じて、私もけん玉に一生懸命向き合おうと、母の姿に背中を押される形で、けん玉を職業にすることを決意しました。

けん玉でどのように生計を立てたのか

けん玉がまだ職業として成り立っていない中、どのように仕事を得ていったのでしょうか?

最初はとにかく右も左も分からない状態だったので、けん玉一本で収入を得るのではなく、バイトを掛け持ちしつつ、けん玉を仕事にする方法を模索していました。

模索していく中で、思い浮かんだのが僕が幼少期に通っていた「けん玉道場」です。

まずはけん玉教室の先生になろうと、所属していた団体・日本けん玉協会に掛け合って、事務所内でけん玉教室を開くことにしました。

日本けん玉協会発行の「けん玉通信」という新聞があるのですが、そこで教室の宣伝をしてもらい、結果10人程の生徒さんが集まって、見事教室を開くことができました。

水道橋で教室を開いていたのですが、生徒さんの一人が武蔵野市から通ってくださっていて。

遠いから通い続けるのが難しくなってしまったんです。

その時、親御さんに「武蔵野市でもけん玉教室を開いてくれないでしょうか?」と相談されて、人数さえ集まれば開催すると伝えたら、本当に集めてくれて!

協会のバックアップなしで、自ら設立できたのが現在も続けている武蔵野市のけん玉教室でした。

当時23歳、大学卒業から1年目のときなので、武蔵野市の教室は17年ずっと口コミで続いています。

かなり順調に仕事として成り立っていたんですね。

環境に恵まれていたと思います。

教室のほかにも、大学卒業してすぐに「ヘブンアーティスト」のライセンスを取得していたので、とにかく大道芸漬けの日々を送っていました。

ひたすら毎週末に都内の公園で、大道芸としてけん玉をやり、投げ銭でお金をいただいていました。

でも、その大道芸をキッカケに、徐々に様々な方から仕事を頂いてお付き合いするようになって。

けん玉師として活動を始めた当初は収入の多くが大道芸でしたけど、今ではショーやイベントで9割程度になっているので、大道芸をしていたから、今けん玉師という職業が成り立っていると感じます。

けん玉師の楽しさ、大変さ

けん玉師の仕事で、どのような楽しさ、やりがいを感じていますか?

けん玉で人と繋がっていると感じる瞬間にやりがいを感じます。

ただ一方的に見せるショーやイベントって、私はあまり好きではなくて。

見てくれる人がいるからこそ、ショーとして成立すると思っています。

なので、ショーの構成の中で、子どもにけん玉を挑戦してもらうコーナーを設けていて。

最初は人前でけん玉を披露することに不安を感じる子や自信が持てない子も多い。

でも、技が成功したときとても嬉しそうな顔をするんですよね。

同時にお客さんもすごく盛り上がる。

30分のショーの中で一番盛り上がるくらい(笑)

そうやって子どもたちの自信に繋がったり、お客さんの喜ぶ顔が見れたりすることは本当に楽しいです。

あとは、純粋に新しい技ができるようになったとき、すごく嬉しい。

今って世界的に見てもけん玉の技術力がとても上がっていて、恥ずかしながらできない技が沢山あるんです。

自分ができない新しい技を、何度も練習して習得してできるようになったときの喜びは、子どもの頃から変わらないですね!

逆につらいな、大変だな、と思うことはありますか?

好きなことを仕事にしてるので、ほとんどないんですよね!

強いて言えば、移動が大変というくらいで…けん玉だから、大した荷物はないと思われがちなんですけど、ショーやイベントで使用する道具を全て詰め込んでいるので、実はかなり大きな荷物を毎回持ち歩いています。

車で持ち運べば問題ないじゃん、と思われるかもしれないのですが、私自身とても心配性で車だと時間が読めないのが不安なんです…。

電車でも入り時間の1時間前に着く計算で移動するくらいなので(笑)

ですから、ずっと電車で移動してるのですが、電車も電車で通勤ラッシュに引っ掛かると荷物が邪魔になることもあって、それだけは苦労してます(笑)

けん玉師としての目標

今後、けん玉師としてとして活動していく中で目指していることを教えてください。

けん玉という職業をとにかく確立していきたいです。

まだまだ「けん玉を職業にするってどういうこと?」と思われることも多いでしょう。

実際、けん玉を職業にしたのは私が最初で、そこから15年以上経った現在、パフォーマーだけでも4~5人ほどになりました。

ですが、まだまだプロのジャグラーやマジシャン、日本の伝統的な津軽三味線や江戸太神楽などのパフォーマンスに比べると、メジャーではありません。

まずは、それらと肩を並べるくらいにはメジャーな職業にしていきたいんです。

けん玉が紅白歌合戦でパフォーマンスとして取り上げられたことなどで、メディアの露出も増えて、「けん玉ブーム」のようなものもありましたが、そういった一過性のもので終わらせたくないんです。

日本の伝統的な遊びであることを伝えていくとともに、「けん玉でも職業として成り立つ」ということを多くの人に知ってもらいたい。

若い人たちの将来を考えるとき、「好きを職業にしようと思えばできるんだ」と勇気を与えられる存在になりたいと思っています。

なので、自分がけん玉師としてできなくなる時までには、職業を確立していたいです。

好きを仕事にしたい方へメッセージを

最後に、好きを仕事にしたい方へメッセージをお願いします。

軸を確立しつつ、色んな選択肢を探してほしいと思います。

私は、けん玉が好きで、結果的にけん玉パフォーマーとして仕事をしています。

しかし、けん玉で言えば作る人、そして日本けん玉協会のように団体に所属して働く人もいる。

けん玉でさえ、いくつかの選択肢があるということは、他の仕事も同様だと思うんです。

例えば、野球やサッカーなどが好きな人は、まず「プロ選手」を思い浮かべるでしょう。

でも、プロの選手になるのは一握りです。

だからといって諦めるのではなく、野球やサッカーを軸に別の選択肢がないか探してほしい。

クラブや教室でコーチで関わることができる、教員になって体育や部活動で教えることもできる、チームや球団で会社員として働くことだってできます。

全く関わりのない仕事が、自分の好きに繋がる可能性だってあるかもしれません。

そうやって、多角的な視点を持てば、一つの選択肢がダメだったとしても、別の選択肢で好きを仕事にできる可能性が十分にあります。

諦めて終わりにするのではなく、違う道から好きを仕事にできるように進んでみてください。

けん玉の3つの魅力

魅力①:技の種類の多さ
理由:数えきれないほどの技があり、今でも日々世界中で様々な技が開発されています。

私も30年以上けん玉を続けていても飽きることは全くありません。

魅力②:技が成功したときの達成感
理由:特に初めて成功したときは今でも子どもの頃と同じような達成感を感じられます。

また、その過程は他のことにも応用ができ、何かを習得するときはけん玉に当てはめ行っています。

魅力③:日本発祥であること
理由:「KENDAMA」として世界に広がりつつあるけん玉ですが日本発祥の遊びです。

言葉が通じなくてもけん玉で海外の方とコミュニケーションが取れますし、お土産としても最適ではないでしょうか。

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