【現代美術家】「丸シールアートでアートの楽しさに気づいてほしい」大村雪乃さん
今回は、丸シールで絵画作品を制作している現代美術家・大村雪乃さんからお話を伺います。
※現代美術とは:現代の美術。第二次世界大戦後(20世紀後半)から21世紀までの美術を指す。現在社会を反映させる作品が多い。
現代美術家の活動内容
現代美術家の活動内容について教えてください。
メインの活動は、丸シールで絵画作品の制作をしています。
毎年数回の展覧会で作品を発表します。
また、丸シールを用いた参加型アートワークショップや、アートイベントの監修、丸シールアートキットの製作をしています。
「アートをもっと身近に感じてもらいたい」という想いから、丸シールアートのファッショングッズ、スマホケースなどの製作も行っております。
近年では、アート講師や現代アートの講演活動、ファッションブランドへデザイン提供、著名人と共同でアートを製作するなど、多種多様な業界に合わせて、さまざまな形の活動をさせていただいてます。
丸シールを活用したアートはどのような経緯で生まれたのでしょうか?
2011年の東日本大震災が起った後、六本木ヒルズの展望台にたまたま上り、夜景を眺めました。
電力供給が追いつかないという理由で、国は節電対策を実施していたのですが、普段の展望台から見えていた夜景と、節電対策真っ最中の頃に見ていた夜景の灯りの数がほとんど変わらなかったことに大きな驚きを覚えました。
そして、それまで「美しい」と思ってみていた夜景が「自然を脅かしている危険な存在」に見え、私の美しさの定義が揺らいだのです。
心の動揺を同じように体感できる作品を作りたいと思い、意外性を感じる素材に置き換えて夜景を表現しようと思い至りました。
そして、最終的に丸シールで夜景を描く手法にたどり着きました。
タイトル『Beautiful Midnight』
夜景作品がメインなのは、それが理由なんですね。
丸シールで描いた一連の作品は、遠目から見ると夜景写真のようにしか見えません。
ところが、近づくと灯り一つひとつが、安価でありふれた素材であると気付く瞬間がやってくる。
多くの人が一瞬驚きます。
それは、これまで「そういうものだ」と思い込んでいたものに対する期待の裏切りであり、固定概念が揺らぐ瞬間となります。
現代において、夜景写真は「ゴージャスで美しく洗練されたもの」という広告的な消費を目的に見ている人が多いと思います。
しかし、「チープな素材で描かれている」ことに気付いてからも「ゴージャスで美しく洗練されたもの」として見続けることができるでしょうか。
私たちが求めている「美しさ」は、結局のところ記号的な消費物なのでしょうか。
当たり前のように受け取られてきた景色や印象が何かの瞬間に変わるとき、人は考えます。
「“美しい”とは何かという問いを、この作品で探って欲しい」という想いから製作を続けています。
作品づくりのスケジュール
これまで、丸シールでどれくらいの作品数をつくられてきたのでしょうか?
トータルで60作品ほどつくっています。
代表作は2012年に東京ミッドタウンアワードで受賞した『Beautiful Midnight』という作品です。
一つの作品の制作スケジュールについて教えてください。
おおよそ3週間程度で一作品を作り上げます(工程の内訳は下記参照)。
1. 完成予想図をデータで作成(約1週間)
2. 支持体の木製パネルに塗装(約3日)
3. シール貼り込み(約5日)
4. 仕上げのニス塗り(約2日)
アート関連のお仕事は休みがあまりないイメージが強いのですが、実際はいかがでしょうか……?
おやすみという概念はあまりないです。
というか、自分の仕事をあまり“仕事”として捉えていません。
好きでやっていることなので、暇ができたら制作し、アイディアを出しのスケッチをしたり散歩をしたり、昼寝をして過ごしています。
また、休みの概念がなくても大変だと思うことはあまりありません。
制作することは私にとってとても自然な行為なので、かえって制作しないという日の方がストレスに感じます。
タイトル『郷愁』
現代美術家になったキッカケ
ご自身で創作するようになったのはいつ頃でしょうか?
物心ついたときから、よく絵を描いていました。
といっても、絵が特別上手いわけでもなく、美術の成績も普通でした。
ただ、なぜか苦手意識もなく、外部の評価を気にすることもなく、ぼんやりと絵が好きだなあと思って過ごしてきました。
美術家を目指したキッカケを教えてください。
中学生の頃です。
美術の「芸術的センステスト」という民間企業のテストに気軽に参加したところ、とても成績がよかったことで、美術へ本格的に興味を持ちました。
高校へ進学してからすぐに美大に行こうと考え始めます。
美術専門予備校に通い始めた高校2年生の頃、国内で有名なアーティストである椿昇さんが予備校で偶然講演してくださり、アーティストの職業の魅力を知ることに。
椿昇さんは大変自由な方で、大人なのに子どものように無邪気にアートを語る姿に憧れ、「椿さんのような大人になりたい!」とアーティストを目指しました。
美術大学時代では油絵学科を専攻していたので、油絵で抽象画を描いてました。
ほかにもインスタレーションアート作品、映像作品や、立体作品など様々な手法で表現方法を模索していました。
現在はフリーランスで活動されていると思いますが、現代美術家一本で生計を立てているのでしょうか。
現在は、この仕事一本で生活しています。
2012年、「東京ミッドタウンアワード」というアートコンペティションで受賞いただいたことをきっかけに、さまざまな企業や事業家や投資家からお声掛けいただき、仕事を頂きました。
主な収入源は作品の売買、展覧会の設計、アートイベントの監修です。
とはいっても、毎年年収の変動が激しく、年収500万円のときもあれば150万円のときもあり、大変不安定な職業なので、今もつらいことは多いですね。
タイトル『For Notre-Dame』
現代美術家のやりがい、つらさ
現代美術家の活動をする上で、どのようなやりがいを感じていますか?
自分が表現したいと思った形がその通りになり、かつ伝えたいアイディアが人々に理解され、共感し、楽しんでもらっている姿を見ていると、この職業をしてよかったなと強く感じます。
逆につらいな、大変だな、と思うことはありますか?
アイディアがいつもすぐに湧いてくるわけではないので、思ったように出てこないと苦しいです。
便秘のような苦しさに近いかもしれないです(笑)。
また、作品が本来と意図しない形で公表されてしまったり、発信されていく様子をみると気持ちが濁ることがあります。
どんなに言葉を尽くしても、作家の意図しない形で理解されて伝わってしまうことが時々あります。
そうした時、その人たちの理解を尊重しつつ、一定の距離を持って接し、自分の表現したいことを貫くのは、いつも「心を強くしていかないと難しいな…」と感じることがあります。
現代美術家としての目標
つらいことや大変なことも多いと思いますが、どのような想いを持って作品づくりをしていますか?
日本では現代アートを“わかりづらいもの”、“とっつきにくいもの”という印象を抱く人が多いです。
素晴らしい作品がこの世にごまんとあっても、その良さに気付いて楽しんでいる人が少ないという現状に以前から勿体なさを感じていました。
現代アートという分野は限られた知識人が謎を解いていくような気難しい世界ではなく、人生で誰もが経験していくであろう普遍的なテーマを、一瞬で理解して楽しんでもらうことを目指した芸術表現でもあります。
そこで、私は作品を見ただけですぐにその魅力が理解でき、楽しんでもらえるような“わかりやすいアイディア”を作ることを創作のテーマにしました。
現代アートという分野の印象を変えて、多くの人がアートの楽しさに気付いてもらえることを願っています。
アートを見てくださる人は、私の作品以外の現代アートにもたくさん触れて楽しんでいただければ何より幸せと感じます。
今後、現代美術家の活動を通して目指していることを教えてください。
これからも国内外多くの展覧会に参加し、作品を発表し続け、現代アートの魅力を伝えていきたいです。
最近は、教育分野に興味があり、アートを活用したアクティブラーニングをすることで、物事を柔軟に考える発想力を磨いていくお手伝いをしていきたいと思っています。
好きを仕事にしたい人に向けてメッセージを
最後に、好きを仕事にしたい方へメッセージをお願いします。
まず「好き」なことを見つけられた人はそれだけで大変幸運な方だと思います。
何が「好き」なのかわからない人はたくさんいます。
「好き」を手に入れられただけで、あなたは半分成功しているようなものかもしれません。
私も、幸いなことにかなり早い段階で美術という「好き」なことを見つけることができました。
しかし、収入は不安定だし、この先も安定した職業では決してありません。
私を含む多くのアーティストが「好き」でも「食えない」現実に苦しんでいます。
そして、それが当たり前と言われている職業ですから、現実は甘くありません。
なので、「好き」を見つけた人は、次に立ちはだかる現実に怖気付いてください。
それでも「好き」を職業にしたいと思ったら、覚悟を持って全力で取り組んでください。
覚悟を持つことは “誰かを傷つける罪悪感に苛まれることすらも厭わない”と思うことも重要です。
「好き」を職業にするには何かを喪ったり苦しんだり、誰かを傷つけたりする瞬間がどこかでやってきます。
そういう自分の身勝手さを受け入れて、鈍感になることで「好き」を仕事にする一歩を踏み出せます。
私はこの職業に就けなければ生きていても仕方ないと思うほど、芸術を愛し創作を続けてきましたが、その愛し方は一方的で周りを巻き込み、時には牙を向け、誰かを救う数よりも傷つけた数の方が多いこともありました。
それでも「好き」を仕事にできたのは単に幸運だったのと、「好き」に対する執着心の強さがあったからかもしれません。
振り返ると「好き」なものに夢中になる姿は、時に滑稽です。
それでもそんな自分を認めて、受け入れる器があれば、必ずや成功すると思います。
タイトル『YOKOHAMA』
大村さんが手掛けた作品お気に入り3選
1.『YOKOHAMA』
横浜に長く住んでいたので、自分の故郷を描いた横浜の夜景が作品の中ではとても気に入ってます。
2. 『郷愁』
小説家の平野啓一郎さんの小説「マチネの終わりに」という作品のコラボ企画で、インスパイアされた作品です。
3. 『For Notre-Dame』
2019年フランスのノートルダム大聖堂が焼失した時に哀悼の意を込めて作ったステンドグラスの作品です。
※写真は本文中に掲載されています
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