芸者の歴史

江戸時代から宴席を盛り上げる

芸者は江戸時代中期ごろから盛んになった職業です。

原型は平安時代末期に興った歌舞を演じた舞女であると考えられています。

江戸時代に入ると、京都を中心に太鼓女郎(たいこじょろう)と呼ばれる女性が琴や三味線、胡弓を弾いたり、舞をしたりして宴席を盛り上げました。

これが後に芸者と呼ばれるようになったといわれています。

男性が活躍していた時代も

現在では女性の職業として知られていますがそれは明治時代以降のこと。

江戸時代には「男芸者」も存在しており、宴席を盛り上げる立場として人気を集めていました。

置屋に所属し、余興では芸者を助けながら自身の芸を披露。

滑稽な踊りやものまねなどで客の笑いを誘い、場の雰囲気を一新させる役割を果たしていました。

時代と共に大きく変化

当初の芸者は現代のものとかなり様相が異なります。

芸事で宴席に彩りを添える役割を果たすのは共通しているものの、貧しさから置屋に身売りをしてくるような者も多くいました。

またかつて芸者は「旦那」と呼ばれる男性をパトロンに金銭的な支援を受けながら芸の道に身を置いているものでした。

旦那にとって多額の負担を負いながらも一人の芸者を育てたという実績がステータスになるような部分もあったようです。

現在ではこういった側面は全くない職業ですが歴史をさかのぼると、女であることを武器にせざるをえなかった時代もあったことが分かります。

人材確保が大きな課題

かつては幼少期より仕込みとして置屋に出入りし、15歳で半玉、成人して芸者、結婚して退職というのが王道でしたが戦後、児童福祉法が制定されたことにより、若年のうちから育てることが難しくなりました。

また、娯楽が多様化したことから料亭自体が減少、花柳界も衰退します。

芸者の数も減り続けており、後継者の確保が難しい置屋も少なくありません。

今の時代とのミスマッチが少なからず生じているのが厳しい現実です。