宅建資格の歴史

宅建業法ができる前はやりたい放題だった不動産業界

宅地建物取引業法が施行される前の昭和27年以前は、不動産業界はあまりよい業界とはいえなかったようです。

というのは、そのころは仲介手数料の規定がなかったことから、契約が成立してから後出しじゃんけんのごとく多額の手数料を請求したり、実際には無権利の土地(他人名義の土地など)を勝手に売買したりということが多かったからです。

今でこそクリーンになってきた不動産業界ですが、かつてのこのイメージを引きずっていたこととバブル期の土地転がしの横行で、いまだに「不動産業界」に警戒心をもっている人もいるくらいです。

日本の不動産業界の歴史ともいえる宅建の歴史

このような状況を改善されるために作られた法律が、宅地建物取引業法で昭和27年に施行されました。

ただし、施行当初の宅地建物取引業法では宅建主任者(宅地建物取引員)の資格試験制度は無く、単に宅地や建物の取引を行うものを免許制にし、主任者を各事務所において5名に1名以上置かなければならないといった程度でした。

宅建主任者の資格試験が導入されたのは、昭和33年からです。当時の名称は宅地建物取引主任者ではなく、「宅地建物取引員」というもので、この名称は昭和39年まで使われていました。

この昭和33年からの資格試験導入によって、この資格をもっていなければ、宅地建物取引業法にある重要事項説明をすることができないこととなりました。

また、宅建主任者がいなければ不動産業を営むことができなくもなりました。

しかしこれは、裏を返せば昭和27年から昭和32年までは、資格を持っていなくても誰でも任意に主任者として、不動産業を営んだり、取引にあたっての重要事項説明を説明したりすることができたといえます。

このように、日本の不動産業の重要な部分は、宅建主任者制度の創設によってできてきたといえるのです。

当初は非常に簡単だった宅建試験

宅建主任者の初期の頃の試験問題は、たったの30問で法令集の持ち込みも可能という、今では考えられないほどの、ゆるい資格試験でした。そのため合格率は93%もあり、試験というよりは講習に近いようなものだったようです。

また、受験者数が3万6千人程度と少なかったことも特徴です。

ところが、昭和40年頃から問題数も40問から50問に増え、どんどん試験がむずかしいものになっていき、現在では合格率は10%台半ばになっているのです。

また、受験者数も昭和40年頃からぐんぐんと増えはじめて、今では20万人以上が受験する人気資格となっています。

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