日本の有名な水泳選手 – 稲田法子選手

岩崎恭子選手と同じく中学2年生で代表に

1992年のバルセロナ五輪で、岩崎恭子選手と同じく中学2年生で代表に選ばれたのが、稲田法子選手でした。

初めてのオリンピックは、背泳ぎの100mで12位、200mで15位でした。金メダルを獲得した岩崎選手の陰に隠れて国民の注目は集めませんでしたが、水泳界では将来を大いに期待されました。

もともと、水泳を始めたのは、喘息を少しでもよくするためだったといいます。

ベビースイミングから始め、せっせと練習に通ううち、選手コースに入りました。そして、14歳でバルセロナ五輪にも出場するトップ選手になったのです。

ところが、その4年後、高校3年の時には国内選考会で敗れ、アトランタ五輪には出場できませんでした。

新たな気持ちで2000年のシドニー五輪を目指す

当時、競泳選手のピークは高校時代といわれていたこともあり、オリンピックに出られないショックで抜け殻のような状態に陥ったそうです。

それでも、大学に進んでいた仲間が、自己ベストを更新しているのを見て、稲田選手も早稲田大学へ進学。新たな気持ちで2000年のシドニー五輪をめざしました。

そして、みごとに代表に選ばれ、100m背泳ぎで5位入賞を果たしました。さらに、2001年の世界水泳の50mで銅メダルに輝き、2004年アテネ五輪にも出場(11位)して現役を引退しました。

アメリカ留学から現役復帰

現役引退後は、コーチの勉強をするため、アメリカに留学しました。

そこで、いかにも楽しそうに泳ぐ人たちと接し、自分もあんなふうにもっと楽しんで泳ぎたいと思うようになりました。

と同時に、自分が水泳を本当に好きだということも改めて認識し、水泳への情熱がふつふつと沸き上がってきました。2010年、31歳で本格的に復帰し、4月の日本選手権で4位となりました。

30代になると、20代前半の頃に比べて疲れやすいので、練習時間は4分の1に減ったそうです。

また、パワーでも若い人にはかなわないので、いかに水に乗り、効率よく泳げるかを追求しています。

38歳でリオデジャネイロ五輪出場をめざす

2012年のロンドン五輪には出場できませんでしたが、2015年の日本選手権の50mではみごとに優勝を果たしました。

稲田選手は、2016年のリオデジャネイロ五輪の時には38歳になります。20歳前後も年齢の違う若い選手たちと争い、12年ぶりのオリンピック出場をめざしています。