神職・神主のつらいこと、大変なこと

作法の習得には大きな苦労が

すっと伸びた背筋、無駄のない足運び、笏さばき、敬礼…。神職の作法は見るものすべての気持ちを引き締める清廉なものです。

これは神への敬意を身体で表しているといいます。

この作法を美しくこなせるようになるにはある程度の期間、努力を重ねなければなりません。基本姿勢を保つだけでも慣れないうちは苦しいものであり、怪我も絶えません。

各種祭祀の最中は参拝者の前で常に美しい姿勢でいつづけなければならないため、一回の儀式を終えた後はベテランの神職であっても大きな疲労感に襲われます。

また、朗々とした声で挙げられる祝詞は聞く人の心を澄みわたらせますが、これも一人前になるまではかなり苦労するようです。

常に神前にある神職はいつ何時であっても美しい所作が求められます。これは神職に就く上での苦労であるといえるでしょう。

難解な文語を理解する

日本最古の歴史書である『古事記』には日本における神々のルーツが記されています。神職に従事する者はみな『古事記』を読解し、その内容を頭の中に叩き込まなければなりません。

712年に成立した『古事記』は万葉仮名と呼ばれる漢字の音を使った文字によって書かれているため、読むだけで一苦労です。

文体も文語であるため、現代の単語や言い回しとかけ離れているものも少なくありません。日本語で書かれているとはいえ、読解にはかなりの労力が必要なのです。

また、各種祭祀であげられる祝詞や祭詞も同様の文体で万葉仮名による記載であるため、新人の神職にとっては大きな試練となっています。

副業を持つ人も多い

全国的に有名な規模の大きい神社を除いて、神社経営だけで生計を立てるのは難しいというのが実情です。

神社の多くは敷地内に幼稚園や保育園を併設し、神の教えのもとに幼児教育を行っているところが多くあります。神職という立場でありながら各種学校で教鞭をとる人も少なくありません。

また、自身の奉職している神社を本務神社とし、普段は無人の地域の鎮守様の宮司を兼務している神職もいます。そのため、繁忙期には各種祭祀をはしごすることも多いようです。

神職は、収入面では決して待遇が良いとはいえないのが正直なところです。

しかし、長い期間、脈々と受け継がれてきた神社の歴史に携わることができることや、人々と神とをつなぐ懸け橋としての役割に強いやりがいを感じている神職がほとんどであり、大きな満足感の中で日々の職務に励んでいます。