神父・牧師に向いている人、適性

研究心が強い人

説教の草稿を練る時はもちろん、信者の相談に乗ったり、毎日の暮らしの中で判断に迷う時、神父・牧師が立ち返るのは聖書でしょう。

聖書はキリスト教そのものです。聖書はどう読むかで、見えてくるものが違います。

他の人はどう読んでいるのか、書籍やネットで調べてみたり、勉強会に参加したりする。できればギリシア語、ヘブライ語で書かれた聖書の原文を読んでみる。

より深く聖書を読み込めば、より多くのものを得て、説教や信者への対応に反映できます。同様に、説教の構成や表現、カウンセリングの手法などを独学することも大切。

こうした努力の積み重ねが、聴く人の心に届く説教、悩みから解放する貴重なアドバイスにつながります。研究を厭わない研究心の強さが神父・牧師には必要です。

人の話を聞くのがうまい人

神父・牧師は、悩みや不安を抱えた人からよく相談を受けます。相談があったとき、最も避けるべきなのは、急かしたり、話の途中でむやみに口を挟んだり、説教を始めたりすることです。

相手が心を閉ざしてしまうからです。

逆に最も重要なのは、じっくり話を聞いてあげることです。話を聞く姿勢は、「あなたを受け入れる」というメッセージ。相手は安心して話を続けられます。

したがって、日頃からよく相談を持ちかけられる人、「聞き上手だ」「話しやすい」と言われる人は、神父・牧師向きの人といえます。

人前で話すのが得意な人

神父・牧師は、ミサや礼拝の際、大勢の信者の前で説教します。地域から依頼されて集会などで講演をすることもあります。

人前に立ってもあがらない、むしろ人の目が自分に集まるのを楽しめる。さらに、難しい話をわかりやすく話せるなら理想的です。

ともすれば難しくなりがちな聖書の話を、一般の人にも面白く伝えられます。

もちろん、最初は人前で話すのが苦手でも、経験を積めば慣れます。いま、説教上手で名高い神父・牧師が、以前はあがり症だったという例は珍しくありません。

人の役に立ちたい人

教会には、いろいろな悩みを抱えた人たちがやってきます。

やってきた人たち全員を受け入れることが、神父・牧師の大事な仕事です。しかし簡単なことではありません。話を聞いてあげるだけで元気になる人もいますが、中には「難しい人」もいるからです。

相談があるらしいのに、暗い表情のままずっと黙って座っている人、話の途中で泣き出してしまう人、意見を言うと怒り出す人…。

難しい人たちに対峙するとき、最終的に求められるのはテクニックではなく、「人の役に立ちたい」、「力になりたい」気持ちだといいます。

たとえ洗練された対応ができなくても、結局、答が見つからなくても、真摯に向き合おうとする気持ちは相手に伝わります。

多くの場合、難しい人の話は「ありがとう」で終わるそうです。どんな人でも受け入れていくには、人の力になりたい気持ちの強さが必要なのです。