神父・牧師のつらいこと、大変なこと、苦労

副業や雑用で忙し過ぎる?

神父、牧師にとってつらいことの一つに、忙し過ぎることが挙げられます。

収入を補うために、多くの神父や牧師が、教会に併設された幼稚園の運営、高校や大学の講師、原稿執筆、語学の指導など、なんらかの副業を手掛けています。

副業に加え、教会の管理や各種会議への出席といった雑用にも追われる毎日。

ほとんどの神父や牧師は、自らの信仰を深めたり、信者の話に耳を傾けたり、宣教したりなど、最も重要な活動にかける時間の捻出に苦労しているようです。

苦しむ人に救いや喜びが伝わるか

教会には、さまざまな人々がさまざまな悩みを抱えてやって来ます。学校や職場でのいじめや孤立、家庭不和、生活困窮、難病、愛する人との死別…。

神父も牧師も、苦しむ人々を受け止めて、それぞれの人に「救い」や生かされている喜びを感じ取らせ、相手が生きる力を取り戻すようにしなければなりません。

これは大変なことです。何をどうすれば、相手の気持ちに寄り添えるのか、救いや喜びが伝わるのか、生きる力を呼び覚ませるのか。

新米神父や牧師が自分なりの手掛かりを得るまでには、試行錯誤が必要でしょう。

「若い信者が増えない」リスク

もう1点、大きな課題になっているのが、信者を増やすことです。

少子高齢社会の今、カトリック教会も、プロテスタント教会も、若い信者が増えず、信者の高齢化が進む傾向にあります。

最悪の場合、信者が減り続け、教会の存続が危うくなりかねません。

若い層を引き付けるために、教会はどうあるべきか、どのようにして若者が教会と接する機会を作っていくか。具体的な策を練り、行動しなければならないでしょう。

また、一方で、高齢の信者たちへの配慮も求められています。健康上の理由で、教会に足を運びたくても運べない高齢者は少なくありません。

彼らが楽にミサや礼拝にあずかれるような工夫ができれば、幅広い世代でにぎわう教会への第一歩になります。

神父や牧師には、課題がいろいろありますが、ハードルの多さに比例して、仕事のやりがいは大きくなるもの。

ほとんどの現役神父や牧師は、人々が苦しみから抜け出すのを助けたり、何世紀にもわたって続いてきたキリスト教を未来につないだりできることに、誇りとやりがいを感じ、職務に邁進しています。