裁判官の苦労

裁判官の苦労

裁判官は、刑事裁判でも民事裁判でも、人の犯罪やもめ事を判断する仕事ですから、常に人の人生に影響を与えるという意味で責任重大であり、苦労を伴います。

裁判官も、1人の人間です。同じ人間が人間を裁くことに違和感を持つ人も少なくないようで、実際、裁判官に任官したての若手判事補の多くの人が、責任の重さに戸惑うことがあるようです。

刑事裁判の責任

たとえば、殺人の罪を犯した疑いで、検察官から死刑を求刑されている被告人がいたとします。

被告人本人が事件について黙秘または否認していたとしても、物的証拠や目撃証言などから裁判官が死刑相当との心証を抱けば、死刑の判決を書くことになるのですが、死刑が執行されれば、その受刑者の人生が終わります。

自分が書いた判決によって、1人の人の生命が奪われる。こう考えると、刑事事件の裁判官は非常に重要な責任を負っているといえます。

民事裁判の責任

他方、民事裁判ではどうでしょうか。たとえば労働者が会社を相手取って、未払いの残業代を請求するケースや、貸したお金を返してもらえないケース、離婚する夫婦が子どもの親権をめぐって対立するケースなど、色々な場面が考えられます。

これらの場面は、どれをとっても当事者が困っており、裁判所の結果次第では、路頭に迷ってしまう可能性を含んでいます。まさに、当事者にとって人生がかかっている局面なのです。

こういったシビアな場面で、一定の結論を出さなければならないという点で、責任や苦労を感じることが多いようです。

このように、裁判官の職責は非常に重大なのですが、その反面、やりがいのある仕事であるといえそうです。