女性の落語家

基本的に男性社会

平成に入り、落語400年の歴史のうえで初めて女流の「真打(しんうち/師匠)」が誕生するなど、基本的にまったくの男性社会だった落語界もようやく女性の活躍できる可能性が広がったといえるでしょう。

しかし平成以前にも女流の落語家は存在していました。ただ「二つ目(ふたつめ)」以上に昇進することができなかったのです。

つまり約14年の厳しい下積み時代を乗り切る女流落語家が現れなかったということになります。

女流ならではの問題点をたくさん抱えながら、基本的に男性社会である落語界を生き抜くことは並大抵の努力ではかないません。

現在はありがたいことに先駆者が存在しますから、女流落語家のもとに弟子入りすることも考えられます。

時代が進むにつれてこれからますます女流が活躍することになるでしょう。

ただ間口が広がったぶん競争は激化するはずですから、稽古に励む必要があることには変わりがないでしょう。

ネタが男性向き

長い落語史上、なぜ基本的に男性社会という構図が継続してきたのかといいますと、一番の理由は演目(ネタ)が男性向きであるという点になるでしょう。

噺(はなし)に登場する人物も男性だったり、噺の内容も男性がするからこそおもしろかったり、落語を演じるうえで女性では笑いが起きないという点がもっとも危惧されていました。

しかし女流の落語家は切磋琢磨してネタを女性が演じてもおもしろいように書き直したり、新たに創作したりしています。

男性がそのまま演じると笑えるけれども女性の場合はきつく聞こえて楽しめないなどの改善点をふまえて対応しているのです。

落語家はともあれ落語を演じて楽しんでもらうことが仕事ですから、ひとつひとつ考慮しなければならないところは女性ならではの苦労があるといえるでしょう。

結婚・出産との両立が難しい

二つ目までの修業期間は約14年ありますが、そのあいだに結婚や出産をしようと考えると、どうしても休まざるを得ない時期が生じます。

寄席では毎日ほとんど休みなく興行がおこなわれていますし、とくに見習いや前座といった最初の4年間は雑用がありますから、いっさい休めません。

二つ目に昇進しますと自分のための時間がもてますが、その間に休んでしまうとせっかくの成長期に水を差すことになってしまいます。

こうしたことから以前は女性としての幸せをあきらめる覚悟で落語家をめざさなければなりませんでしたが、現在ではそこまで思いつめなくても両立する女流落語家が存在するようになりました。

上方(かみがた/近畿圏)では真打制度は消滅していますが、それでも弟子入りの流れはあると考えますと、東京で真打に昇進できる女流は圧倒的に少ないわけですから、やはり女性ならではの苦労がつきものであるといわざるを得ません。

ただ女流の真打が誕生していることは間違いないわけですから、さらにすそ野を広げる役割を担うことができるチャンスはあると思われます。