競艇選手(ボートレーサー)への転職

転職して競艇選手になる人は少なくない

競艇選手の養成学校である「やまと学校」では、受験資格に年齢制限を設けていますが、現在の規定では「15歳以上30歳未満」となっています。

中学卒業後から20代のうちは「やまと学校」を受験できるため、他の職業やアルバイトなどから転職者は少なくありません。

2008年まで、その年齢制限は「14歳以上21歳未満」ともっと上限が低く設定されていました。しかし、その当時に、やはり転職者は少なくありませんでした。

もともと、競艇選手は、10代の若者たちには、あまり馴染みのない職業です。中学や高校を卒業し、いったん就職してから、競艇選手の存在を知り、転職をめざす人もいるからです。

「グレートマザー」日高逸子選手も転職組

たとえば、2人の子どもの母親で、競艇界で「グレートマザー」と呼ばれる日高逸子選手も転職組の一人です。

日高選手は、高校卒業後、故郷である宮崎県内の信用金庫に就職しました。しかし、1年で退職して上京し、旅行会社や喫茶店で働いていました。

たまたまテレビで競艇選手募集のCMを見て、当時の本栖研修所を受験。合格したのをきっかけに1985年にデビューしました。

元新聞記者や元モデルもいる

埼玉支部に所属する土屋幸宏選手も、元新聞記者という転職組です。

大学を卒業して北海道新聞社に記者として入社して働いていましたが、2008年8月、やまと学校の受験資格が拡大されるというニュースを見ました。

高校時代まで、土屋選手は競艇の存在を知りませんでしたが、早稲田大学入学後、埼玉県の戸田競艇場でその魅力に引き込まれました。

そして、何度も戸田競艇場を通ううち、自分も競艇選手になりたいと憧れましたが、当時、21歳未満という受験資格があったためにあきらめ、新聞記者になったのでした。

「24歳の自分でもチャレンジできる」と知った土屋選手は、思い切って新聞社を退社します。

それから半年以上体作りに励んで、やまと学校の109期生として入学試験に合格したのです。学校での厳しい訓練も乗り越え、2011年にデビューしました。

土屋選手の同期には、モデルからの転身として話題になった芦村幸香選手もいます。

転職組のメリット、デメリット

20代で転職すると、もっとも苦労するのが体力といわれます。

やまと学校では、10代の同期生と一緒に体を動かしますので、体力が衰えていれば、ついていくので精いっぱいというケースもあります。

その一方、社会人を経験していることで、訓練への取り組み方がきちんとしているなど精神的に落ち着いている人が多いといわれます。

いずれにしろ、やる気と根気があれば、競艇選手への転職は可能です。