救命救急の仕事の現場 (体験談)

ここ数年、テレビや映画でも取り上げられ、何かと話題になっている救命救急の世界。特に有名なのはERや救命救急病棟といった言葉ではないでしょうか。

かっこいいユニフォームに身を包み、患者さんの今そこにある命を守ろうと一生懸命働く医療スタッフの姿が魅力的に映り、憧れを抱く方もいるかもしれません。しかし、本当の裏側を知る人は少ないと思います。一見華やかに見える世界の裏側を経験した現役看護師がお話します。

私が救命救急センターに配属されたのは、看護師になって最初の4月のことでした。つまり、私の看護師生活は救命救急の世界からスタートしたのです。当時、救命救急の世界を志す若者は多く、看護師1年目からそこへ配属されるのはまれにない幸運なことと言われていました。

しかし、幸か不幸か第一希望が通ってしまった私は、ただでさえつらいと言われている新人時代を救命救急センターで過ごすこととなりました。憧れの部署で看護師として働くという夢を叶えた私を待っていたのは、想像をはるかに超えた壮絶な世界でした。

よく救命救急の場を「戦場」と称する人がいますが、私に言わせますと、「戦場」ではなく「地獄」です。もちろん一分一秒を争う場所ですので、厳しいことは覚悟してはいました。しかし、入職してすぐに気付きました。私の考えは非常に甘かったということを。

大学で習ったことはまったく通用しない世界なのです。患者さんへの対応の仕方から看護の仕方まで、私が大学で習ったものとはまったく異なりました。

教科書で習ったことはまったく役に立たない世界であり、自分が大学で先生から教わったことは、結局はただの理想論でしかありません。

こんなはずではなかった。こんなことをするために、一生懸命勉強して国家試験に合格したわけではないのに。もう辞めたい。この言葉が毎日頭をよぎっていました。

ほとんどの患者さんに人口呼吸器が装着され、それだけではなくさまざまな装置がつけられ、24時間絶対気を抜くことのできない緊迫した状況です。

高度救命救急センターですから、24時間ひっきりなしに救急車を受け入れます。昼であろうが夜中であろうが、そんなことは関係なしに重症患者が運び込まれて来ます。まるで自分が別世界に放置されたような気持ちで働いていました。

先輩からの厳しい指導もあり、泣きながら家に帰らない日はなかったような気がします。勉強不足で仕事ができず、自分が悪いということを頭ではわかっているのですが、自分自身の存在までもを否定されたようで自然と涙が出てくるのです。

帰宅しても泣きながら食事をとることもありました。そのような状況ですので、どんなに不規則な生活をしていても、みるみるうちに私の体重は減っていきました。こうなると、休日で家にても救急車のサイレンに驚きますし、夢の中ででも働いているような気がして目が覚めたり、四六時中仕事のことで頭がいっぱいです。

そんなとき、「今目の前にあることを一生懸命やること。」と、当時お世話になっていた上司に言われたのを今でもしっかりと覚えています。「新人のときは怒られて当たり前。その悔しさをバネにして成長しなさい。」というこの言葉があったおかげで、今の私が存在します。

経験を積むにつれ、先輩や同期との絆も強まり、救命救急で働くという面白さが理解できるようになりました。自分が先輩として後輩を指導するようになった今、新人時代になぜ先輩に叱られたのかがよくわかるようになりました。

7年目になった今、自分がかつて先輩にされた嫌なことはしないようできるだけ後輩の目線に立って物事を考え、私は後輩にこう言い聞かせています。「最低3年は続けてみること。そうすれば、この世界の面白さがわかるから。」と。

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