助産学校での生活 (体験談)

睡眠を削る日々

私は、1年制の専門学校の助産学校に入学しました。全寮制だったため4月の入学式前に入寮し、同じ学年の32名と一つ屋根の下で1年間を過ごしました。

入学式が終わった後、オリエンテーションがあり、教科書が配布されました。翌日からは授業が開始されました。4月~6月までは平日朝8:30から16:30、4限の授業を毎日受けました。

授業の中で、宿題が課されたりグループワークが課されたりするので、授業が終わって寮に戻っても休む暇もなく課題に取り組みました。

特に、グループワークは、たいて4~5人でグループを組んで話し合いをしながら課題を決められた期日までに行うものだったので、自分の時間はあまりもてませんでした。

全寮制だったこともあり夜遅くまで、集まることもありました。遅くても24時くらいには終わりにできるようにしていましたが、グループワークが終わっても個人の宿題が残っていることもあり、睡眠を削る日々が続きました。

分娩介助のテスト

6月の初めには実習に備えて分娩介助のテストがあり、助産師の直接介助役、間接介助役、産婦役で演技をしながら手順どおりに分娩介助のシュミレーションを行いました。

合格基準はかなり厳しく、落ちてしまう学生がいれば再試験までみんなで何度も練習をしました。物品を借りて、寮の中で夜遅くまで行うこともありました。

6月の中旬ごろから筆記試験もありましたので、その勉強もしました。土日祝日は、学校が休みだったので、外泊が許されていました。しかし、グループワークが忙しかったり、分娩介助の練習をしたりする時間も必要だったので、完全に自由ではありませんでした。

これだけの時間、同じメンバーと24時間を共にするので必然的に団結力は高まりました。一人なら心が折れてしまいそうなことも、仲間と一緒なら頑張れると思えることもたくさんありました。

臨床実習

7月に入り、いよいよ臨床実習が始まりました。実習時間は8:30から16:00でしたが、分娩に関してはオンコール体制といってお産の入院があった時に呼んでもらう形で実習をしていました。

実習は1週間単位で変わっていきます。分娩実習、産褥実習、外来実習、NICU(新生児集中治療室)、保健センター、助産院、などがありました。

私は、最初の実習場所が附属の病院の分娩実習でした。皆でとても緊張して病棟に足を運んだことを覚えています。

病棟につくと、その日の指導者に挨拶をし、一人ずつ今日の目標を発表します。かなり厳しい助産師の先輩が多かったので、学生は発表するだけで声が震えていました。

分娩の予定者がいなければ、シュミレーションでの練習をしました。リスクがない産婦さんでご本人の承諾が取れていることが学生が受け持てる基準になっていました。

受け持ちになっても、いつ産まれるか分からないので分娩の進行を予測し、時間がかかると予測をすれば学生の休息がとれるように自分たちで計画をたてなければ、ほとんど寝ないまま24時間すごしてしまうということにもなりかねません。

実習の時間外に分娩の受け持ちができる方が来院した場合は、電話で連絡をもらい、すぐに病院にかけつけました。それは夜中の3時のこともありました。

継続事例実習

この頃、同時に継続事例実習があり、妊娠5カ月ごろから一人の妊婦さんに継続的に関わり、産後1カ月までつかせていただくという実習でした。継続的に関わりを持ち、個性に合わせたケアを考えるとてもいい機会でした。

実習中は毎日の記録を書くため、寮に戻ってからも記録の時間が必要でした。さらに、10月には両親学級を学生が企画・実施するため7月から準備を行いました。テーマを考え、レイアウト、時間配分、お産劇のシナリオ作りや練習、安全に学級を開催するところまでオリジナルで行いました。

時間がいくらあっても足りないという時期が、実習終了の12月まで続きました。

夏休み

夏休みは4週間ほどありましたが、実習に1週間行き、あとの3週間は山ほど出された宿題と国家試験の勉強で終わりました。ただ、寮が閉寮するため久しぶりに家族のもとにゆっくり帰れる貴重な時間だったと思います。

オンコール体制での実習

12月に入り、実習の期間は終わりました。助産師になるためには学生の時に分娩介助を10例程度経験しなければなりません。12月の時点で私は7例の経験しかできていませんでした。最も、多い学生でも9例でした。

学生全員が10例終わるまで、私たちの分娩介助実習は続きます。昼間は授業を受け、夕方から朝までは連絡があったときにすぐにかけつける「オンコール体制」で実習を続けました

オンコールは当番制だったので、自分が当番の日でなければ呼び出されることはないため、国家試験の勉強をしたり記録をまとめたりしました。

国家試験対策

私の学校は、グループ研究と事例研究という二つの研究をすることが課されていたので、そのまとめを本格的におこなったのも12月からでした。冬休みは2週間ほどあり、この時期に国家試験の勉強を集中して行いました。

1月は研究の発表会や国家試験対策の授業があり、夕方からのオンコール実習は続きました。2月は国家試験のための自主学習期間でしたが、オンコール実習は相変わらず続きました。

私が10例目の分娩介助ができたのは、2月10日でした。それは国家試験の1週間前でした。その時まだ、分娩介助が終わっていない学生がいたのですが、国家試験前の一週間はさすがに、オンコール実習はお休みにしてくれました。

国家試験の翌日から再びオンコール実習が始まりました。とにかく、学生全員が10例の分娩介助ができるまで、続くのです。幸い、2月28日に全員の実習が終了し、その日は歓喜に包まれました。

卒業

卒業式は3月6日ごろだったともいます。すべての学生が無事に実習を終了し、卒業式を迎えられることは本当にうれしいことでした。もし、実習が終わっていなければ、卒業式のあとも実習を続ける予定でした。

学生の実習に協力してくださる産婦さんと赤ちゃんがいるから私たちが助産師になれるんだという感謝の気持ちでいっぱいでした。

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