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保健師山本 幸奈さん

1987年、山梨県出身。山梨大学医学部看護学科卒。2010年2月に看護師、保健師の両国家試験に合格し、同年4月1日に新卒で富士通株式会社へ入社。保健師として川崎健康推進センターに勤務中。

座右の銘:自分の限界を決めない

山本さんの入社後のキャリアステップを教えてください。

少し勘違いされやすいのですが、私は保健師でありつつ、富士通の社員でもあるんです。待遇や福利厚生などはもちろん、基本的な社員教育も他の社員と同じです。

ですので、4月1日に入社すると、まず1ヵ月ほど営業やSEといった他の新卒社員と一緒に、ビジネスマナー等の新人研修を受けました。

その後は現場で保健師としての研修が始まります。2年間はトレーナーの先輩の下でカリキュラムに沿って学び、業務をしながら研修課題をこなしていきました。

2年目の終わりには本部長クラスの方々の前でプレゼンし、一連の研修が終了。

別の職種の新卒社員と同じように、社会人としての基礎教育をしっかりと受けられたのは、とても恵まれていたと思います。

仕事の取り組み方や意識など、新人の頃と比べて変化したことはありますか?

4年目になって、ようやく仕事にやりがいを見出せるようになってきました。1年目は目の前のことをこなすのに精一杯でしたし、2年目や3年目は仕事を覚えていく中で、壁にぶつかって悩むことも多かったので。

今年は外部の研修にも参加し、学生時代に学んだ知識が実務上で活かせるようになってきました。また、会社の仕事だけではなく、社会における保健師の役割が少しずつ見えるようになってきました。

後輩も入り、少しずつ責任感が出てきたかなと思っています。

この10⽉からは、新横浜の事業所にも週1.5⽇勤務しています。そちらは規模も小さく、保健室のような役割も持つ場所で働いているのですが、社員とより⾝近に接することで、新たなやりがいも感じています。

2年目の時に感じた「壁」とは、どのようなものだったのですか?

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入社したばかりのころは、思っていた以上に社員の方との距離を感じてショックを受けることがありました。

学生時代、身近に産業保健師として活躍している人がいなかったので、リアルなイメージが湧きづらく、「いつでもみんなに必要とされる」という勝手なイメージ像をつくり上げてしまっていたせいだと思います。

病院とは違って、会社では基本的にみなさん元気に働いています。でも、中には健康上心配な面を抱える方がいたり、長時間労働など法律の絡みもあって、どうしても面談しなければならないこともあります。

そんなとき、忙しく働いている方を呼び出そうとしても、なかなか理解が得られにくいことが続いて。お会いするのも目上の方ばかりなので、毎回プレッシャーが大きかったですね。

自分が何のために存在しているのか、わからなくなる毎日でした(笑)

そのようなつらい時期を、どのように乗り越えていったのですか?

今でも忘れられない出来事があります。健康診断で再検査となった部長クラスの方がいたのですが、何度も何度もお声掛けして、ようやく来ていただけたんです。

検査は何事もなく一安心。その方から「面倒だったけれど、検査を受けて何もないとわかったら安心したよ、ありがとう。なかなか目の前の業務が忙しくて、呼んでも来ない人が多いと思うけれど、根気よく声をかけてあげてください」とおっしゃっていただけて。

その言葉がとても励みになりました。

数々の失敗を乗り越えて、今は当時に比べれば「なぜ面談が必要なのか?」といったことも、うまく説明できるようになったかなと思います。

日々のお仕事でやりがいを感じるのは、どんな瞬間ですか?

相手の本当のニーズを理解して対応できたとき。それにより、社員が自分の健康に向き合ってくれた時ですね。

産業保健師の仕事が社会の中でどういう意味を持っているのか。経験を重ねることで少しずつ見えてくることも、やりがいにつながっています。

また、私たちは3年から5年程度は同じ職場を担当するので、社員が次第に名前や顔を覚えてくれて、社内で声をかけてくれるのもうれしいです。

仕事体験談