女性の有名プロゴルファー

初代「女王」と呼ばれた樋口久子

日本の女子プロゴルファーの先駆者と呼ばれるのが、1970年代から80年代にかけて「女王」と呼ばれた樋口久子です。

1945年、埼玉県川越市の出身で、高校時代、当時、日本のトッププロだった中村寅吉と知り合い、ゴルフに興味を持ちました。

高校卒業後、ゴルフ場のスタッフとして就職すると、働きながら練習を重ね、1967年、第1期女子プロテストに合格しました。

アメリカでも「チャコ」の愛称で人気者に

その翌年には、日本女子プロゴルフ選手権とTBS女子オープン(現在の日本女子オープン)の2大タイトルを獲得。

それ以後も、この2大タイトルを毎年のように独占し、「女子プロゴルファー」といえば、誰もが「樋口久子」と答えるほど有名な存在になりました。

1977年には、全米女子プロゴルフ選手権に日本人として初優勝を果たし、アメリカのゴフルファンにも「チャコ」と親しまれました。

優勝回数72回は、日本の女子プロの歴代最多です。

1980年代に「女王」と呼ばれた岡本綾子

樋口久子の跡を継いで「女王」と呼ばれたのが、岡本綾子でした。

高校、社会人とソフトボールで活躍し、国体優勝のご褒美として憧れのハワイへ行きました。そこでゴルフと出会い、帰国後、「アメリカへ行けるかもしれない」とゴルファーに転向しました。

ゴルフ場に就職し、働きながらゴルフの練習を続け、2年目の1974年、2度目の受験でプロテストに合格しました。23歳の時でした。

男子プロより飛ばすと話題になる

プロ1年目にして、美津濃トーナメントで初優勝を飾ります。ソフトボールで鍛えたお陰で、男子プロより飛ばすと評判になり、実力も順調にアップ。1981年には樋口久子を抜いて、初の賞金女王になりました。

その1981年には、日本の女子プロで初めて本格的にアメリカのLPGAツアーに参戦。1987年には、アメリカ人以外で初めてLPGAツアーの賞金女王となり、1992年までに17大会で優勝しました。

日本女子ゴルフツアーで44勝して、日本ツアーの永久シード権を獲得しています。また、樋口久子とともに、世界ゴルフ殿堂入りも果たしています。