有名な副業、兼業のコラムニスト

山田五郎(編集者、タレント、コラムニスト)

テレビ朝日系バラエティ番組「タモリ倶楽部」などの出演で知られるタレントの山田五郎は、サブカルチャー系文化人であり、フリーランスの編集者、コラムニストでもあります。

1958年に東京都渋谷区で生まれ、上智大学(文学部)を卒業後、講談社に入社しました。男性誌『ホットドッグ・プレス』(1979年創刊)の編集長を務めるなど、さまざまな媒体で活躍し、2004年に講談社を退職しています。

当時『ホットドッグ・プレス』編集部にはマルチクリエイターのいとうせいこう(1961- )が在籍したり、版画家でコラムニストのナンシー関(1962-2002)がデビューするなど、多彩なコラムが評判になりました。

また「タモリ倶楽部」の構成作家を務める高橋洋二(1961- )が、ライターとして『ホットドッグ・プレス』に関わるなど知り合いだった縁でテレビ出演を果たし、タレントとしても活躍するようになりました。

マツコ・デラックス(タレント、コラムニスト、エッセイスト)

テレビ朝日系トークバラエティ番組「マツコ&有吉の怒り新党」ほか多数の出演で知られるタレントのマツコ・デラックスは、コラムニスト、エッセイストでもあります。

1972年に千葉市で生まれ、高校卒業後に美容師として働いていましたが、ゲイ雑誌『バディ』(テラ出版/1994年創刊)編集部に転職し、記者、編集者として活躍しました。しかし20代で退職し、ひきこもります。

そんなとき編集者時代のマツコの記事を読んだ、小説家でエッセイストの中村うさぎ(1958- )から対談集『人生張ってます』(小学館/2001)の対談相手のひとりに誘われます。

それ以来コラムニスト、エッセイストとして再スタートし、『アタシがマツコ・デラックス!』(ソニー・マガジンズ/2002年)の刊行をはじめ、多数のコラムやエッセイを執筆しています。

また2000年にテレビ初出演を果たし、2009年には芸能事務所ナチュラルエイトに所属するなど、タレント活動を本格化させました。

ジェーン・スー(作詞家、コラムニスト、ラジオパーソナリティー)

作詞家、ラジオパーソナリティーとして活躍するジェーン・スーは、コラムニストでもあります。

1973年に東京都文京区で生まれ、フェリス女学院大学(文学部)を卒業後、大手レコード会社に9年、メガネ販売会社に3年、勤務しました。しかし大失恋を経験して退職し、実家でニート生活をおくります。

そんなとき、女性誌『GINGER(ジンジャー)』(幻冬舎/2009年創刊)の編集者が、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のミクシィ(mixi)でジェーン・スーの書いた日記を目にして、コラムニストとしてデビューを果たしました。

また株式会社アゲハスプリングスのCEOを務める音楽プロデューサーの玉井鉄二(1971- )と、大手レコード会社員時代に同じ社員だった縁で、作詞家としてもデビューします。

さらに音楽ジャーナリストでラジオパーソナリティーの高橋芳明(1969- )や放送作家、ライター、脚本家の古川耕(1973- )と知り合いだった縁で、ラジオパーソナリティーとしても活躍します。

コラムニストとしてもさまざまな媒体に執筆しており、『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社/2013)や『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎/2014)を刊行しています。